信一《しんいち》が餅菓子《もちぐわし》を手當《てあた》り次第《しだい》に口《くち》へ啣《ふく》んでは、ぺつぺつと光子《みつこ》の顏《かほ》へ吐《は》き散《ち》らすと、見《み》る見《み》るうちにさしも美《うつく》しい雪姬《ゆきひめ》の器量《きりやう》も癩病《らいびやう》やみか瘡《かさつ》かきのやうに、二《ふ》た目《め》と見《み》られない姿《すがた》になつて行《ゆ》く面白《おもしろ》さ。私《わたし》も仙吉《せんきち》もとうとう釣《つ》り込《こ》まれて、
「この畜生《ちくしやう》、よくも先《さつき》己逹《おれたち》に穢《きたな》い物《もの》を喰《く》はせやがつたな。」
かう云《い》つて信一《しんいち》と一|諸《しよ》にぺつぺつとやり出《だ》したが、其《そ》れも手緩《てぬる》くなつて、しまひには額《ひたひ》と云《い》はず、頰《ほゝ》と云《い》はず、至《いた》る所《ところ》へ喰《く》ひちぎつた餅菓子《もちぐわし》を擦《こす》りつけて、饀《あん》ころを押《お》し潰《つぶ》したり、大福《だいふく》の皮《かは》をなすりつけたり、またたくうちに光子《みつこ》の顏《かほ》を萬遍《まんべん》なく汚《よご》してしまつた。目鼻《めはな》も判《わか》らぬ眞黑《まつくろ》なのつぺらぽう[#「のつぺらぽう」に傍点]な怪物《ばけもの》が唐人髷《たうじんまげ》に結《ゆ》つて、濃艶《のうえん》な振袖姿《ふりそですがた》をしてゐる所《ところ》は、さしづめ百|物語《ものがたり》か化物合戰記《ばけものかつせんき》に出《で》て來《き》さうで光子《みつこ》はもう抵抗《ていかう》する張合《はりあひ》もなくなつたと見《み》え、何《なに》をされても大人《おとな》しく死《し》んだやうになつて居《ゐ》る。
「今度《こんど》だけは命《いのち》を助《たす》けてやる。此《こ》れから人間《にんげん》を化《ば》かしたりなんかすると、殺《ころ》して了《しま》ふぞ。」
間《ま》もなく信一《しんいち》が猿轡《さるぐつわ》や縛《いま》しめを解《と》いてやると、光子《みつこ》はふいと立《た》ち上《あが》つて、いきなり襖《ふすま》の外《そと》へ、廊下《らうか》をばたばたと逃《に》げて行《い》つた。
「坊《ぼつ》ちやん、姊《ねえ》さんは怒《おこ》つて云《い》つけに行《い》つたんですぜ。」
今更《いまさら》飛《と》んでもない事《こと》をしたと云《い》ふ風《ふう》に、仙吉《せんきち》は心配《しんぱい》らしく私《わたし》と顏《かほ》を見合《みあ》はせる。
「なに云《い》つけたつて構《かま》ふもんか、女《をんな》の癖《くせ》に生意氣《なまいき》だから、每日《まいにち》喧嘩《けんくわ》していぢめてやるんだ。」
信一《しんいち》が空嘯《そらうそぶ》いて威張《ゐば》つて居《ゐ》る所《ところ》へ、今度《こんど》はすうツと徐《しづ》かに襖《ふすま》が明《あ》いて、光子《みつこ》が綺麗《きれい》に顏《かほ》を洗《あら》つて戾《もど》つて來《き》た。饀《あん》と一|諸《しよ》にお白粉《しろい》までも洗《あら》ひ落《おと》して了《しま》つたと見《み》え、却《かへ》つて前《まへ》よりは冴《さ》え冴《ざ》えとして、つやのある玉肌《たまはだ》の生地《きぢ》が一《ひ》と際《きは》透《す》き徹《とほ》るやうに輝《かゞや》いて居《ゐ》る。
定《さだ》めし亦《また》一《ひ》と喧嘩《けんくわ》持《も》ち上《あが》るだらうと待《ま》ち構《かま》へて居《ゐ》ると、
「誰《だれ》かに見《み》つかるときまりが惡《わる》いから、そうツとお湯殿《ゆどの》へ行《い》つて落《おと》して來《き》たの。――ほんとに皆《みんな》亂暴《らんばう》だつたらありやしない。」
と、光子《みつこ》は物柔《ものやはら》かに恨《うら》みを列《なら》べるだけで、而《しか》もにこにこ笑《わら》つて居《ゐ》る。
すると信一《しんいち》は圖《づ》に乘《の》つて、
「今度《こんど》は私《わたし》が人間《にんげん》で三|人《にん》犬《いぬ》にならないか。私《わたし》がお菓子《くわし》や何《なに》かを投《な》げてやるから、皆《みんな》四つ這《ば》ひになつて其《そ》れを喰《た》べるのさ。ね、いいだろ。」
と云《い》ひ出《だ》した。
「よし來《き》た。やりませう。――さあ犬《いぬ》になりましたよ。わん、わん、わん。」
早速《さつそく》仙吉《せんきち》は四つ這《ば》ひになつて、座敷中《ざしきぢゆう》を威勢《ゐせい》よく駈《か》け廻《まは》る。其《そ》の尾《を》について又《また》私《わたし》が駈《か》け出《だ》すと光子《みつこ》も何《なん》と思《おも》つたか、
「あたしは雌犬《めいぬ》よ。」
と、私逹《わたしたち》の中《なか》へわり込《こ》んで來《き》て、其處《そこ》ら中《ぢゆう》を這《は》ひ廻《まは》つた。
「ほら、ちんちん。‥‥お預《あづ》けお預《あづ》け。」
などと三|人《にん》は勝手《かつて》な藝《げい》をやらせられた揚句《あげく》、
「よウシ!」
と云《い》はれれば、先《さき》を爭《あらそ》つてお菓子《くわし》のある方《はう》へ跳《と》び込《こ》んで行《ゆ》く。
「ああ好《い》い事《こと》がある。待《ま》て、待《ま》て。」
かう云《い》つて信一《しんいち》は座敷《ざしき》を出《で》て行《い》つたが、間《ま》もなく緋縮緬《ひぢりめん》のちやんちやん[#「ちやんちやん」に傍点]を着《き》た本當《ほんたう》の狆《ちん》を二|匹《ひき》連《つ》れて來《き》て、我々《われ/\》の仲間入《なかまい》りをさせ、喰《く》ひかけの饀《あん》ころだの、鼻糞《はなくそ》や唾吐《つば》のついた饅頭《まんぢう》だのを疊《たゝみ》へぱらぱら振《ふ》り撒《ま》くと、犬《いぬ》も狆《ちん》も我《わ》れ勝《が》ちに獲物《えもの》の上《うへ》へ折《を》り重《かさ》なり、齒《は》をむき出《だ》し舌《した》を伸《の》ばして、一つ餅菓子《もちぐわし》を喰《く》ひ合《あ》つたり、どうかするとお互《たがひ》に鼻《はな》の頭《あたま》を舐《な》め合《あ》つたりした。
お菓子《くわし》を平《たひら》げて了《しま》つた狆《ちん》は、信一《しんいち》の指《ゆび》の先《さき》や足《あし》の裏《うら》をぺろぺろやり出《だ》す。三|人《にん》も負《ま》けない氣《き》になつて其《そ》の眞似《まね》を始《はじ》める。
「ああ擽《くす》ぐつたい、擽《くす》ぐつたい。」
と、信一《しんいち》は欄杆《らんかん》に腰《こし》をかけて、眞白《まつしろ》な柔《やはらか》い足《あし》の裏《うら》を迭《かは》る迭《がは》るる私逹《わたしたち》の鼻先《はなさき》へつき出《だ》した。
「人間《にんげん》の足《あし》は鹽辛《しほから》い酸《すつぱ》い味《あぢ》がするものだ。綺麗《きれい》な人《ひと》は、足《あし》の指《ゆび》の爪《つめ》の恰好《かつかう》まで綺麗《きれい》に出來《でき》て居《ゐ》る。」
こんな事《こと》を考《かんが》へながら私《わたし》は一|生懸命《しやうけんめい》五|本《ほん》の指《ゆび》の股《また》をしやぶつた。
狆《ちん》はますますぢやれつき出《だ》して仰向《あふむけ》に倒《たふ》れて四足《よつあし》を噓空《こくう》に踊《をど》らせ、裾《すそ》を咬《くは》へてはぐいぐい引張《ひつぱ》るので、信一《しんいち》も面白《おもしろ》がつて足《あし》で顏《かほ》を撫《な》でてやつたり、腹《はら》を揉《も》んでやつたり、いろいろな事《こと》をする。私《わたし》も其《そ》の眞似《まね》をして裾《すそ》を引張《ひつぱ》ると、羽二重《はぶたへ》のやうな足《あし》の裏《うら》は、狆《ちん》と同《おな》じやうに頰《ほゝ》を踏《ふ》んだり額《ひたひ》を撫《な》でたりしてくれたが、眼球《めだま》の上《うへ》を踵《かゝと》で押《お》された時《とき》と、土踏《つちふ》まずで唇《くちびる》を塞《ふさ》がれた時《とき》は少《すこ》し苦《くる》しかつた。
そんな事《こと》をして、其《そ》の日《ひ》も夕方《ゆふがた》まで遊《あそ》んで歸《かへ》つたが、明《あ》くる日《ひ》からは每日《まいにち》のやうに塙《はなは》の家《うち》を訪《たづ》ね、いつも授業《じゆげふ》を終《をは》るのが待《ま》ち遠《どほ》しい位《くらゐ》になつて、明《あ》けても暮《く》れても信一《しんいち》や光子《みつこ》の顏《かほ》は頭《あたま》の中《なか》を去《さ》らなかつた。漸《やうや》く馴《な》れるに隨《したが》つて信一《しんいち》の我《わ》が儘《まゝ》は益々《ます/\》つのり、私《わたし》も全《まつた》く仙吉《せんきち》同樣《どうやう》の手下《てした》にされ、遊《あそ》べば必《かなら》ず打《う》たれたり縛《しば》られたりする。をかしな事《こと》にはあの剛情《がうじやう》な姊《あね》までが、狐《きつね》退治《たいぢ》以來《いらい》すつかり降參《かうさん》して、信一《しんいち》ばかりか私《わたし》や仙吉《せんきち》にも逆《さから》ふやうな事《こと》はなく、時々《とき/″\》三|人《にん》の側《そば》にやつて來《き》ては、
「狐《きつね》ごつこをしないか。」
などと、却《かへ》つていぢめられるのを嬉《よろこ》ぶやうな素振《そぶり》さへ見《み》え出《だ》した。
信一《しんいち》は日曜《にちえう》の度《たび》每《ごと》に淺草《あさくさ》や人形町《にんぎやうちやう》の玩具屋《おもちやや》へ行《い》つて鎧刀《よろひかたな》を買《か》つて來《き》ては、早速《さつそく》其《そ》れを振《ふ》り廻《まは》すので、光子《みつこ》も私《わたし》も仙吉《せんきち》も體《からだ》に痣《あざ》の絕《た》えた時《とき》はない。追々《おひ/\》と芝居《しばゐ》の種《たね》も盡《つ》きて來《き》て、例《れい》の物置小屋《ものおきごや》だの湯殿《ゆどの》だの裏庭《うらには》の方《はう》を舞臺《ぶたい》に、いろいろの趣向《しゆかう》を凝《こ》らしては亂暴《らんばう》な遊《あそ》びに耽《ふけ》つた。私《わたし》と仙吉《せんきち》が光子《みつこ》を縊《し》め殺《ころ》して金《かね》を盜《ぬす》むと、信一《しんいち》が姊《ねえ》さんの仇《かたき》と云《い》つて二人《ふたり》を殺《ころ》して首《くび》を斬《き》り落《おと》したり、信一《しんいち》と私《わたし》と二人《ふたり》の惡漢《あくかん》がお孃樣《ぢやうさま》の光子《みつこ》と郞黨《らうだう》の仙吉《せんきち》を毒殺《どくさつ》して、屍體《したい》を河《かは》へ投《な》げ込《こ》んだり、いつも一|番《ばん》いやな役廻《やくまは》りになつて非道《ひど》い目《め》に會《あ》はされたのは光子《みつこ》である。しまひには紅《べに》や繪《ゑ》の具《ぐ》を體《からだ》へ塗《ぬ》り、殺《ころ》された者《もの》は血《ち》だらけになつてのた[#「のた」に傍点]打《う》ち廻《まは》つたが、どうかすると信一《しんいち》は本物《ほんもの》の小刀《こがたな》を持《も》つて來《き》て、
「此《こ》れで少《すこ》ウし切《き》らせないか。ね、ちょいと、ぽつちりだからそんなに痛《いた》かないよ。」
こんな事《こと》を云《い》ふやうになつた。すると三|人《にん》は素直《すなほ》に足《あし》の下《した》へ組《く》み敷《し》かれて、
「そんなに非道《ひど》く切《き》つちや嫌《いや》だよ。」
と、まるで手術《しゆじゆつ》でも受《う》けるやうにぢつと我慢《がまん》しながら、其《そ》の癖《くせ》恐《おそ》ろしさうに傷口《きずぐち》から流《なが》れ出《で》る血《ち》の色《いろ》を眺《なが》め、眼《め》に一|杯《ぱい》淚《なみだ》ぐんで肩《かた》や膝《ひざ》のあたりを少《すこ》し切《き》らせる。私《わたし》は内《うち》へ歸《かへ》つて每晚《まいばん》母《はゝ》と一|諸《しよ》に風呂《ふろ》へ入《はい》る時《とき》、其《そ》の傷痕《きずあと》を見付《みつ》けられないやうにするのが一《ひ》と通《とほ》りの苦勞《くらう》ではなかつた。
さう云《い》ふ風《ふう》な遊《あそ》びが凡《およ》そ一と月《つき》も續《つゞ》いた或《あ》る日《ひ》のこと、例《れい》の如《ごと》く塙《はなは》の家《うち》へ行《い》つて見《み》ると、信一《しんいち》は齒醫者《はいしや》へ行《い》つて留守《るす》だとかで、仙吉《せんきち》が一人《ひとり》手持無沙汰《てもちぶさた》でぽつ然《ねん》として居《ゐ》る。
「光《みつ》ちやんは?」
「今《いま》ピアノのお稽古《けいこ》をして居《ゐ》るよ。お孃《ぢやう》さんの居《ゐ》る西洋館《せいやうくわん》の方《はう》へ行《い》つて見《み》ようか。」
かう云《い》つて仙吉《せんきち》は私《わたし》をあの大木《たいぼく》の木蔭《こかげ》の古沼《ふるぬま》の方《はう》へ連《つれ》て行《い》つた。忽《たちま》ち私《わたし》は何《なに》も彼《か》も忘《わす》れて、年經《としふ》る櫟《くぬぎ》の根方《ねかた》に腰《こし》を下《おろ》したまま、二|階《かい》の窓《まど》から洩《も》れて來《く》る樂《がく》の響《ひゞき》にうつとりと耳《みゝ》を澄《す》ました。
此《こ》の屋敷《やしき》を始《はじ》めて訪《おとづ》れた日《ひ》に、やはり古沼《ふるぬま》の滸《ほとり》で信一《しんいち》と一|諸《しよ》に聞《き》いた不思議《ふしぎ》な響《ひゞき》‥‥或《あ》る時《とき》は森《もり》の奧《おく》の妖魔《えうま》が笑《わら》う木靈《こだま》のやうな、ある時《とき》はお伽噺《とぎばなし》に出《で》て來《く》る侏儒共《こびとども》が多勢《おほぜい》揃《そろ》つて踊《をど》るやうな、幾千《いくせん》の細《こま》かい想像《さうざう》の綾絲《あやいと》で、幼《おさな》い頭《あたま》へ微妙《びめう》な夢《ゆめ》を織《お》り込《こ》んで行《ゆ》く不思議《ふしぎ》な響《ひゞき》は、今日《けふ》もあの時《とき》と同《おな》じやうに二|階《かい》の窓《まど》から聞《きこ》えて居《ゐ》る。
「仙《せん》ちやん、お前《まへ》も彼處《あすこ》へ上《あが》つた事《こと》はないのかい。」
奏樂《そうがく》の止《や》んだ時《とき》、私《わたし》は又《また》止《や》み難《がた》い好奇心《かうきしん》に充《み》たされて仙吉《せんきち》に尋《たづ》ねた。
「ああ、お孃《ぢやう》さんと掃除番《さうじばん》の寅《とら》さんの外《ほか》は、あんまり上《あが》らないんだよ。己《おれ》ばかりか坊《ぼつ》ちやんだつて知《し》りやしないぜ。」
「中《なか》はどんなになつて居《ゐ》るんだらう。」
「何《なん》でも坊《ぼつ》ちやんのお父樣《とうさま》が洋行《やうかう》して買《か》つて來《き》たいろいろ珍《めづら》しい物《もの》があるんだつて。いつか寅《とら》さんに内證《ないしよ》で見《み》せてくれつて云《い》つたら、可《い》けないつてどうしても聞《き》かなかつた。――もうお稽古《けいこ》が濟《す》んだんだぜ。榮《えい》ちやん、お前《まへ》お孃《ぢやう》さんを呼《よ》んで見《み》ないか。」
二人《ふたり》は聲《こゑ》を揃《そろ》へて、
「光《みつ》ちやん、お遊《あそ》びな。」
「お孃《ぢやう》さん、遊《あそ》びませんか。」
と、二|階《かい》の方《はう》へ怒鳴《どな》つて見《み》たが、ひつそりとして返辭《へんじ》はない。今迄《いままで》聞《きこ》えて居《ゐ》たあの音樂《おんがく》は、人《ひと》なき部屋《へや》にピアノとやらが自然《しぜん》に動《うご》いて、微妙《びめう》の響《ひゞき》を發《はつ》したのかとも怪《あや》しまれる。
「仕方《しかた》がないから、二人《ふたり》で遊《あそ》ばう。」
私《わたし》も仙吉《せんきち》一人《ひとり》が相手《あひて》では、いつものやうにも騷《さわ》がれず、張合《はりあひ》が拔《ぬ》けて立《た》ち上《あが》ると、不意《ふい》に後《うしろ》でけらけらと笑《わら》ひ聲《ごゑ》が聞《きこ》え、光子《みつこ》がいつの間《ま》にか其處《そこ》へ來《き》て立《た》つて居《ゐ》る。
「今《いま》私逹《わたしたち》が呼《よ》んだのに、何故《なぜ》返辭《へんじ》しなかつたんだい。」
私《わたし》は振《ふ》り返《かへ》つて詰《なじ》るやうな眼《め》つきをした。
「何處《どこ》であたしを呼《よ》んだの。」
「お前《まへ》が今《いま》西洋館《せいやうくわん》でお稽古《けいこ》をしてる時《とき》に、下《した》から聲《こゑ》をかけたのが聞《きこ》えなかつたかい。」
「あたし西洋館《せいやうくわん》なんかに居《ゐ》やあしないよ。彼處《あすこ》へは誰《だれ》も上《あが》れないんだもの。」
「だつて、今《いま》ピアノを彈《ひ》いて居《ゐ》たぢやないか。」
「知《し》らないわ。誰《だれ》か他《ほか》の人《ひと》だわ。」
仙吉《せんきち》は始終《しじゆう》の樣子《やうす》を胡散臭《うさんくさ》い顏《かほ》をして見《み》て居《ゐ》たが、
「お孃《ぢやう》さん、噓《うそ》をついたつて知《し》つてますよ。ね、榮《えい》ちやんと私《わたし》を彼處《あすこ》へ内證《ないしよ》で連《つ》れて行《い》つて下《くだ》さいな。又《また》剛情《がうじやう》を張《は》つて噓《うそ》をつくんですか。白狀《はくじやう》しないと斯《か》うしますよ。」
と、にやにや底氣味惡《そこきみわる》く笑《わら》ひながら、早速《さつそく》光子《みつこ》の手頸《てくび》をぢりぢりと捻《ね》ぢ上《あ》げにかかる。
「あれ仙吉《せんきち》、後生《ごしやう》だから勘忍《かんにん》しておくれよウ。噓《うそ》ぢやないんだつてばさあ。」
光子《みつこ》は拜《おが》むやうな素振《そぶり》をしたが、別段《べつだん》大聲《おほごゑ》を揚《あ》げるでも逃《に》げようとするでもなく、爲《な》すが儘《まゝ》に手《て》を捻《ね》ぢられて身悶《みもだ》えして居《ゐ》る。きやしやな腕《かひな》の靑白《あをじろ》い肌《はだえ》が、頑丈《ぐわんぢやう》な鐵《てつ》のやうな指先《ゆびさき》にむづと摑《つか》まれて、二人《ふたり》の少年《せうねん》の血色《けつしよく》の快《こゝろよ》い對照《たいせう》は、私《わたし》の心《こゝろ》を誘《いざな》ふやうにするので、
「光《みつ》ちやん、白狀《はくじやう》しないと拷問《がうもん》にかけるよ。」
かう云《い》つて、私《わたし》も片方《かたはう》を捻《ね》ぢ上《あ》げ、扱帶《しごき》を解《と》いて沼《ぬま》の側《そば》の木斛《もくこく》の幹《みき》へ縛《しば》りつけ、
「さあ此《こ》れでもか、此《こ》れでもか。」
と、二人《ふたり》は相變《あひかは》らず抓《つめ》つたり擽《くすぐ》つたり、夢中《むちゆう》になつて折監《せつかん》した。
「お孃《ぢやう》さん、今《いま》に坊《ぼつ》ちやんが歸《かへ》つて來《く》ると、もつと非道《ひど》い目《め》に會《あ》ひますぜ。今《いま》の内《うち》に早《はや》く白狀《はくじやう》しておしまひなさい。」
仙吉《せんきち》は光子《みつこ》の胸《むな》ぐらを取《と》つて、兩手《りやうて》でぐツと喉《のど》を縊《し》めつけ、
「ほら、だんだん苦《くる》しくなつて來《き》ますよ。」
かう云《い》ひながら、光子《みつこ》が眼《め》を白黑《しろくろ》させて居《ゐ》るのを笑《わら》つて見《み》て居《ゐ》たが、やがて今度《こんど》は木《き》から解《と》いて地面《ぢめん》へ仰向《あふむ》きに突《つ》き倒《たふ》し、
「へえ、此《こ》れは人間《にんげん》の椽臺《えんだい》でございます!」
と、私《わたし》は膝《ひざ》の上《うへ》、仙吉《せんきち》は顏《かほ》の上《うへ》へドシリ腰《こし》をかけ、彼方《かなた》此方《こなた》へ身《み》を搖《ゆ》す振《ぶ》りながら光子《みつこ》の體《からだ》を臀《しり》で蹈《ふ》んだり壓《お》したりした。
「仙吉《せんきち》、もう白狀《はくじやう》するから勘忍《かんにん》しておくれよウ。」
光子《みつこ》は仙吉《せんきち》の臀《しり》に口《くち》を塞《ふさ》がれ、蟲《むし》の息《いき》のやうな細《ほそ》い聲《こゑ》で憐《あはれ》みを乞《こ》うた。
「そんなら屹度《きつと》白狀《はくじやう》しますね。やつぱり先《さつき》は西洋館《せいやうくわん》に居《ゐ》たんでせう。」
腰《こし》を擡《もた》げて少《すこ》し手《て》を緩《ゆる》めながら、仙吉《せんきち》が訊問《じんもん》する。
「ああ、お前《まへ》が又《また》連《つ》れて行《い》けつて云《い》ふだらうと思《おも》つて噓《うそ》をついたの。だつてお前逹《まへたち》をつれて行《ゆ》くと、お母《かあ》さんに叱《しか》られるんだもの。」
聞《き》くと仙吉《せんきち》は眼《め》を瞋《いか》らして威嚇《ゐくわく》するやうに、
「よござんす、連《つ》れて行《い》かないんなら。そら、又《また》苦《くる》しくなりますよ。」
「あいた、あいた。そんなら連《つ》れて行《ゆ》くよ。連《つ》れてつて上《あ》げるからもう勘忍《かんにん》しておくれよ。其《そ》の代《かは》り晝間《ひるま》だと見付《みつ》かるから晚《ばん》にしてお吳《く》んな。ね、さうすればそうツと寅造《とらざう》の部屋《へや》から鍵《かぎ》を持《も》つて來《き》て開《あ》けて上《あ》げるから、ね、榮《えい》ちやんも行《い》きたければ晚《ばん》に遊《あそ》びに來《こ》ないか。」
とうとう降參《かうさん》し出《だ》したので、二人《ふたり》は尙《なほ》も地面《ぢめん》へ抑《おさ》へつけた儘《まゝ》、色々《いろ/\》と晚《ばん》の手筈《てはず》を相談《さうだん》した。丁度《ちやうど》四|月《ぐわつ》五|日《か》のことで、私《わたし》は水天宮《すゐてんぐう》の緣日《えんにち》へ行《い》くと詐《いつは》つて内《うち》を跳《と》び出《だ》し、暗《くら》くなつた時分《じぶん》に表門《おもてもん》から西洋館《せいやうくわん》の玄關《げんくわん》へ忍《しの》び込《こ》み、光子《みつこ》が鍵《かぎ》を盜《ぬす》んで仙吉《せんきち》と一|諸《しよ》にやつて來《く》るのを待《ま》ち合《あ》はせる。但《たゞ》し私《わたし》が時刻《じこく》に遲《おく》れるやうであつたら、二人《ふたり》は一と足《あし》先《さき》へ入《はい》つて、二|階《かい》の階段《はしごだん》を昇《のぼ》り切《き》つた所《ところ》から二《ふた》つ目《め》の右側《みぎがは》の部屋《へや》に待《ま》つて居《ゐ》る。と斯《か》う云《い》ふ約束《やくそく》になつた。
「よし、さう定《き》まつたら赦《ゆる》して上《あ》げます。さあお起《お》きなさい。」
と、仙吉《せんきち》は漸《やうや》くの事《こと》で手《て》を放《はな》した。
「ああ苦《くる》しかつた。仙吉《せんきち》に腰《こし》をかけられたら、まるで息《いき》が出《で》ないんだもの。頭《あたま》の下《した》に大《おほ》きな石《いし》があつて痛《いた》かつたわ。」
着物《きもの》の埃《ほこり》を拂《はら》つて起《お》き上《あが》つた光子《みつこ》は、體《からだ》の節々《ふし/″\》を揉《も》んで、上氣《のぼ》せたやうに頰《ほゝ》や眼球《めだま》を眞紅《まつか》にして居《ゐ》る。
「だが一|體《たい》二|階《かい》にはどんな物《もの》があるんだい。」
一|旦《たん》内《うち》へ歸《かへ》るとなつて、別《わか》れる時《とき》私《わたし》はかう尋《たづ》ねた。
「榮《えい》ちやん、吃驚《びつくり》しちやいけないよ。其《そ》りや面白《おもしろ》いものが澤山《たくさん》あるんだから。」
かう云《い》つて、光子《みつこ》は笑《わら》ひながら奧《おく》へ駈《か》け込《こ》んで了《しま》つた。
戶外《おもて》へ出《で》ると、もうそろそろ人形町通《にんぎやうちやうどほり》の露店《ろてん》にかんてら[#「かんてら」に傍点]がともされて、擊劍《げきけん》の見《み》せ物《もの》の法螺《ほら》の貝《かひ》がぶうぶうと夕暮《ゆふぐれ》の空《そら》に鳴《な》り渡《わた》り、有馬樣《ありまさま》のお屋敷前《やしきまへ》は黑山《くろやま》のやうに人《ひと》だかりがして、賣藥屋《ばいやくや》が女《をんな》の胎内《たいない》を見《み》せた人形《にんぎやう》を指《ゆびさ》しながら、何《なに》か頻《しきり》と聲高《こわだか》に說明《せつめい》して居《ゐ》る。いつも樂《たの》しみにして居《ゐ》る七十五|座《ざ》のお神樂《かぐら》も、猫《ねこ》八の手品《てじな》も、永井庄助《ながゐしやうすけ》の居合拔《ゐあひぬ》きも今日《けふ》は一|向《かう》見《み》る氣《き》にならず、急《いそ》いで家《うち》へ歸《かへ》つてお湯《ゆ》へ入《はい》り、晚飯《ばんめし》もそこそこに、
「緣日《えんにち》に行《い》つて來《く》るよ。」
と、再《ふたゝ》び飛《と》び出《だ》したのは大方《おほかた》七|時《じ》近《ちか》くであつたらう。水《みづ》のやうに濕《うる》んだ靑《あを》い夜《よる》の空氣《くうき》に緣日《えんにち》のあかりが溶《と》け込《こ》んで、金淸樓《きんせいろう》の二|階《かい》の座敷《ざしき》には亂舞《らんぶ》の人影《ひとかげ》が手《て》に取《と》るやうに映《うつ》つて見《み》え、米屋町《こめやまち》の若《わか》い衆《しゆ》や二|丁目《ちやうめ》の矢場《やば》の女《をんな》や、いろいろの男女《だんぢよ》が兩側《りやうがは》をぞろぞろ往來《わうらい》して、今《いま》が一|番《ばん》人《ひと》の出《で》さかる刻限《こくげん》である。中之橋《なかのはし》を越《こ》えて、暗《くら》い淋《さび》しい濱町《はまちやう》の通《とほ》りから後《うしろ》を振《ふ》り返《かへ》つて見《み》ると、薄曇《うすぐも》りのした黑《くろ》い空《そら》が、ぼんやりと赤《あか》く濁染《にじ》んで居《ゐ》る。
いつか私《わたし》は塙《はなは》の家《いへ》の前《まへ》に立《た》つて、山《やま》のやうに黑《くろ》く聳《そび》えた高《たか》い甍《いらか》を見上《みあ》げて居《ゐ》た。大橋《おほはし》の方《はう》から肌寒《はださむ》い風《かぜ》がしめやかに闇《やみ》を運《はこ》んで吹《ふ》いて來《き》て、例《れい》の櫟《くぬぎ》の大木《たいぼく》の葉《は》が何處《どこ》やら知《し》れぬ空《そら》の中途《ちゆうと》でばさらばさらと鳴《な》つて居《ゐ》る。そうツと塀《へい》の中《なか》を覗《のぞ》いて見《み》ると門番《もんばん》の部屋《へや》のあかりが戶《と》の隙間《すきま》から縱《たて》に細長《ほそなが》い線《せん》を成《な》して洩《も》れは居《ゐ》るばかり、母屋《おもや》の方《はう》はすつかり雨戶《あまど》がしまつて、曇天《どんてん》の背景《はいけい》に魔者《まもの》の如《ごと》く深閑《しんかん》と眠《ねむ》つて居《ゐ》る。表門《おもてもん》の橫《よこ》にある通用口《つうようぐち》の、冷《つ》めたい鐵格子《てつがうし》へ兩手《りやうて》をかけて暗闇《くらやみ》の中《なか》へ押《お》し込《こ》むやうにすると、重《おも》い扉《とびら》がキーと軋《きし》んで素直《すなほ》に動《うご》く。私《わたし》は雪駄《せつた》がちやらつかぬやうに足音《あしおと》を忍《しの》ばせ、自分《じぶん》で自分《じぶん》の忙《いそが》しい呼吸《こきふ》や高《たか》まつた鼓動《こどう》の響《ひびき》を聞《き》きながら、闇中《あんちゆう》に光《ひか》つて居《ゐ》る西洋館《せいやうくわん》の硝子戶《がらすど》を見《み》つめて步《ある》いて行《い》つた。
次第《しだい》次第《しだい》に眼《め》が見《み》えるやうになつた。八《や》つ手《で》の葉《は》や、欅《けやき》の枝《えだ》や、春日燈籠《かすがどうろう》や、いろいろと少年《せうねん》の心《こゝろ》を怯《おび》えさすやうな姿勢《しせい》を取《と》つた黑《くろ》い物《もの》が、小《ちひ》さい瞳《ひとみ》の中《なか》へ暴《あば》れ込《こ》んで來《く》るので、私《わたし》は御影《みかげ》の石段《いしだん》に腰《こし》を下《お》ろし、しんしんと夜氣《やき》のしみ入《い》る中《なか》に首《くび》をうなだれた儘《まゝ》、息《いき》を殺《ころ》して待《ま》つて居《ゐ》たが、いつかな二人《ふたり》はやつて來《こ》ない。頭上《づじやう》へ蓋《かぶ》さつて居《ゐ》るやうな恐怖《きやうふ》が體中《からだぢゆう》をぶるぶる顫《ふる》はせて、齒《は》の根《ね》ががくがくわなないて居《ゐ》る。ああ、こんな恐《おそ》ろしい所《ところ》へ來《こ》なければ好《よ》かつた、と思《おも》ひながら、
「神樣《かみさま》、私《わたし》は惡《わる》い事《こと》を致《いた》しました。もう決《けつ》してお母樣《つかさん》に噓《うそ》をついたり、内證《ないしよ》で人《ひと》の内《うち》へ入《はい》つたり致《いた》しません。」
と、夢中《むちゆう》で口走《くちばし》つて手《て》を合《あ》はせた。
すつかり後悔《こうくわい》して、歸《かへ》る事《こと》にきめて立《た》ち上《あが》つたが、ふと玄關《げんくわん》の硝子障子《がらすしやうじ》の扉《とびら》の向《むか》うに、ぽつりと一|點《てん》小《ち》ひさな蠟燭《らふそく》の灯《ひ》らしいものが見《み》えた。
「おや、二人共《ふたりとも》先《さき》へ入《はい》つたのかな。」
かう思《おも》ふと、忽《たちま》ち又《また》好奇心《かうきしん》の奴隸《どれい》となつて、殆《ほとん》ど前後《ぜんご》の分別《ふんべつ》もなく把手《とつて》へ手《て》をかけ、グルツと廻《まは》すと造作《ざうさ》もなく開《あ》いて了《しま》つた。
中《なか》へ入《はい》ると推測《すゐそく》に違《たが》はず正面《しやうめん》の螺旋階《らせんかい》の上《あが》り端《はた》に――大方《おほかた》光子《みつこ》が私《わたし》の爲《た》めに置《お》いて行《い》つたものであらう。半《なか》ば燃《も》え盡《つ》きて蠟《らふ》がとろとろ流《なが》れ出《だ》して居《ゐ》る手燭《てしよく》が、三|尺《じやく》四|方《はう》へ覺束《おぼつか》ない光《ひかり》を投《な》げて居《ゐ》たが、私《わたし》と一|諸《しよ》に外《そと》から空氣《くうき》が流《なが》れ込《こ》むと、炎《ほのほ》がゆらゆらと瞬《またゝ》いて、ワニス塗《ぬり》の欄杆《らんかん》の影《かげ》がぶるぶる動搖《どうえう》して居《ゐ》る。
片唾《かたづ》を呑《の》んで拔《ぬ》き足《あし》さし足《あし》、盜賊《たうぞく》のやうに螺旋階《らせんかい》を上《あが》り切《き》つたが、二|階《かい》の廊下《らうか》はますます眞暗《まつくら》で、人《ひと》の居《ゐ》さうなけはひもなく、カタリとも音《おと》がしない。例《れい》の約束《やくそく》をした二つ目《め》の右側《みぎがは》の扉《とびら》、――それへ手搜《てさぐ》りで擦《す》り寄《よ》つてぢつと耳《みゝ》を欹《そばだ》てて見《み》ても、矢張《やはり》ひツそりと靜《しづ》まり返《かへ》つて居《ゐ》る。半《なか》ばは恐怖《きやうふ》、半《なか》ばは好奇《かうき》の情《じやう》に充《み》たされて、ままよと思《おも》ひながら私《わたし》は上半身《じやうはんしん》を凭《よ》せかけ、扉《とびら》をグツと押《お》して見《み》た。
ぱツと明《あか》るい光線《くわうせん》が一|時《じ》に瞳《ひとみ》を刺《さ》したので、クラクラしながら眼《め》をしばたたき、妖怪《えうくわい》の正體《しやうたい》でも見定《みさだ》めるやうに注意深《ちういぶか》く四|壁《へき》を見廻《みまは》したが誰《だれ》も居《ゐ》ない。中央《ちゆうあう》に吊《つ》るされた大《おほ》ラムプの、五|色《しき》のレンズで飾《かざ》られた蝦色《えびいろ》の傘《かさ》の影《かげ》が、部屋《へや》の上半部《じやうはんぶ》を薄暗《うすぐら》くして、金銀《きん/″\》を鏤《ちりば》めた椅子《いす》だの卓子《てーぶる》だの鏡《かゞみ》だのいろいろの裝飾物《さうしよくぶつ》が燦然《さんぜん》と輝《かゞや》き、床《ゆか》に敷《し》き詰《つ》めた暗紅色《あんこうしよく》の敷物《しきもの》の柔《やはら》かさは、春草《しゆんさう》の野《の》を蹈《ふ》むやうに足袋《たび》を隔《へだ》てて私《わたし》の足《あし》の裏《うら》を喜《よろこ》ばせる。
「光《みつ》ちやん。」
と呼《よ》んで見《み》ようとしても死滅《しめつ》したやうな四|邊《へん》の寂寞《せきばく》が唇《くちびる》を壓《あつ》し、舌《した》を强張《こはば》らせて、聲《こゑ》を發《はつ》する勇氣《ゆうき》もない。始《はじ》めは氣《き》が付《つ》かなかつたが、部屋《へや》の左手《ひだりて》の隅《すみ》に次《つぎ》の間《ま》へ通《つう》ずる出口《でぐち》があつて、重《おも》い緞子《どんす》の帷《まく》が深《ふか》い皺《しわ》を疊《たゝ》み、ナイヤガラの瀑布《ばくふ》を想《おも》はせるやうにどさりと垂《た》れ下《さが》つて居《ゐ》る。其《そ》れを排《はい》して、隣室《りんしつ》の模樣《もやう》を覗《のぞ》いて見《み》ようとしたが、帷《まく》の向《むか》うが眞暗《まつくら》なので手《て》が竦《すく》むやうになる。其《そ》の時《とき》不意《ふい》に煖爐棚《だんろだな》の上《うへ》の置時計《おきどけい》がヂーと蟬《せみ》のやうに呟《つぶや》いたかと思《おも》ふと、忽《たちま》ち鏗然《かうぜん》と鳴《な》つてキンコンケンと奇妙《きめう》な音樂《おんがく》を奏《かな》で始《はじ》めた。之《これ》を合圖《あひづ》に光子《みつこ》が出《で》て來《く》るのではあるまいかと帷《まく》の方《はう》を一|心《しん》に視詰《みつ》めて居《ゐ》たが、二三|分《ぷん》の間《あひだ》に音樂《おんがく》も止《や》んで了《しま》ひ、部屋《へや》は再《ふたゝ》び元《もと》の靜肅《せいしゆく》に復《かへ》つて、緞子《どんす》の皺《しわ》は一と筋《すぢ》も搖《ゆら》がず、寂然《じやくねん》と垂《た》れ下《さが》つて居《ゐ》る。
ぼんやりと立《た》つて居《ゐ》る私《わたし》の瞳《ひとみ》は、左側《ひだりがは》の壁間《へきかん》に掛《か》けられた油繪《あぶらゑ》の肖像畫《せうざうぐわ》の上《うへ》に落《お》ちて、うかうかと其《そ》の額《がく》の前《まへ》まで步《あゆ》み寄《よ》り、丁度《ちやうど》ラムプの影《かげ》で薄暗《うすぐら》くなつて居《ゐ》る西洋《せいやう》の乙女《をとめ》の半身像《はんしんざう》を見上《みあ》げた。厚《あつ》い金《きん》の額緣《がくぶち》で、長方形《ちやうはうけい》に劃《しき》られた畫面《ぐわめん》の中《なか》に、重《おも》い暗《くら》い茶褐色《ちやかつしよく》の空氣《くうき》が漂《たゞよ》うて、纔《わづか》に胸《むね》をお納戶色《なんどいろ》の衣《ころも》に蔽《おほ》ひ、裸體《らたい》の儘《まゝ》の肩《かた》と腕《うで》とに金《きん》や珠玉《しゆぎよく》の鐶《わ》を飾《かざ》つた下髮《さげがみ》の女《をんな》が、夢《ゆめ》みるやうに黑眼《くろめ》がちの瞳《ひとみ》をぱツちりと開《あ》いて前方《ぜんぱう》を觀《み》つめて居《ゐ》る。暗《くら》い中《なか》にもくツきりと鮮《あざや》かに浮《う》き出《で》て居《ゐ》る純白《じゆんぱく》の肌《はだ》の色《いろ》、氣高《けだか》い鼻筋《はなすぢ》から唇《くちびる》、頤《あご》、兩頰《りやうほゝ》へかけて見事《みごと》に神々《かう/″\》しく整《とゝの》つた、端嚴《たんげん》な輪廓《りんくわく》、――これがお伽噺《とぎばなし》に出《で》て來《く》る天使《てんし》と云《い》ふのであらうかと思《おも》ひながら、私《わたし》は暫《しばら》くうつとりと見上《みあ》げて居《ゐ》たが、ふと額《がく》から三|尺《じやく》ばかり下《した》の壁《かべ》に沿《そ》うた圓卓《まるてーぶる》の上《うへ》に、蛇《へび》の置《お》き物《もの》のあるのに氣《き》が付《つ》いて其《そ》の方《はう》へ眼《め》を轉《てん》じた。此《こ》れは又《また》何《なん》で拵《こしら》へたものか、二た廻《まは》り程《ほど》とぐろを卷《ま》いて蕨《わらび》のやうに頭《あたま》を擡《もた》げた姿勢《しせい》と云《い》ひ、ぬらぬらした靑大將《あをだいしやう》の鱗《うろこ》の色《いろ》と云《い》ひ如何《いか》にも眞《しん》に迫《せま》つた出來榮《できば》えである。見《み》れば見《み》る程《ほど》つくづく感心《かんしん》して今《いま》にも動《うご》き出《だ》しさうな氣《き》がして來《き》たが、突然《とつぜん》私《わたし》は「おや」と思《おも》つて二三|步《ぽ》後《うしろ》へ退《の》いた儘《まゝ》眼《め》を見張《みは》つた。氣《き》のせゐか、どうやら蛇《へび》は本當《ほんたう》に動《うご》いて居《ゐ》るやうである。爬蟲動物《はちうどうぶつ》の常《つね》として極《きは》めて緩慢《くわんまん》に、注意《ちうい》しなければ殆《ほとん》ど判《わか》らないくらゐ悠長《いうちやう》な態度《たいど》で、確《たし》かに首《くび》を前後左右《ぜんごさいう》へ蠢《うごめ》かして居《ゐ》る。私《わたし》は總身《そうしん》へ水《みづ》をかけられたやうに凉《すゞ》しくなり、眞蒼《まつさを》な顏《かほ》をして死《し》んだやうに立《た》ち竦《すく》んでしまつた。すると緞子《どんす》の帷《まく》の皺《しわ》の間《あひだ》から、油繪《あぶらゑ》に畫《か》いてある通《とほ》りの乙女《をとめ》の顏《かほ》が、又《また》一つヌツと現《あら》はれた。
顏《かほ》は暫《しばら》くにやにやと笑《わら》つて居《ゐ》たが、緞子《どんす》の帷《まく》が二つに割《わ》れてするすると肩《かた》をすべつて背後《はいご》で一つになつて了《しま》ふと、女《をんな》の子《こ》は全身《ぜんしん》を現《あら》はして其處《そこ》に立《た》つて居《ゐ》る。
纔《わづか》に膝頭《ひざがしら》へ屆《とゞ》いて居《ゐ》る短《みじか》いお納戶《なんど》の裳裾《もすそ》の下《した》は、靴足袋《くつたび》も纏《まと》はぬ石膏《せきかう》のやうな素足《すあし》に肉色《にくいろ》の床靴《ゆかぐつ》を穿《は》き、溢《あふ》れるやうにこぼれかかる黑髮《くろがみ》を兩肩《りやうかた》へすべらせて、油繪《あぶらゑ》の通《とほ》りの腕環《うでわ》に頸飾《くびかざり》を着《つ》け、胸《むね》から腰《こし》のまはりへかけて肌《はだえ》を犇《ひし》と緊《し》めつけた衣《きぬ》の下《した》にはしなやかな筋肉《きんにく》の微動《びどう》するのが見《み》えて居《ゐ》る。
「榮《えい》ちやん‥‥」
と、牡丹《ぼたん》の花瓣《くわべん》を啣《ふく》んだやうな紅《あか》い唇《くちびる》をふるはせた一|刹那《せつな》、私《わたし》は始《はじ》めて、彼《あ》の油繪《あぶらゑ》が光子《みつこ》の肖像畫《せうざうぐわ》である事《こと》に氣《き》が付《つ》いた。
「‥‥先刻《さつき》からお前《まへ》の來《く》るのを待《ま》つて居《ゐ》たんだよ。」
かう云《い》つて、光子《みつこ》は脅《おびや》かすやうにぢりぢり側《そば》へ步《あゆ》み寄《よ》つた。何《なん》とも云《い》へぬ甘《あま》い香《かほ》りが私《わたし》の心《こゝろ》を擽《くすぐ》つて、眼《め》の前《まへ》に紅《あか》い霞《かすみ》がちらちらする。
「光《みつ》ちやん一人《ひとり》なの?」
私《わたし》は救《すくひ》を求《もと》めるやうな聲《こゑ》で、おづおづ尋《たづ》ねた。何故《なぜ》今夜《こんや》に限《かぎ》つて洋服《やうふく》を着《き》て居《ゐ》るのか、眞暗《まつくら》な隣《となり》の部屋《へや》には何《なに》があるのか、未《ま》だいろいろに聞《き》いて見《み》たい事《こと》はあつても、喉佛《のどぼとけ》につかへて居《ゐ》て容易《ようい》に口《くち》へは出《で》て來《こ》ない。
「仙吉《せんきち》に會《あ》はせて上《あげ》るから、あたしと一|諸《しよ》に此方《こつち》へおいでな。」
光子《みつこ》に手頸《てくび》を把《と》られて、俄《にはか》にガタガタ顫《ふる》へ出《だ》しながら、
「あの蛇《へび》は本當《ほんたう》に動《うご》いて居《ゐ》るんぢやないか知《し》ら。」
と、氣懸《きがゝ》りで堪《たま》らなくなつて私《わたし》は尋《たづ》ねた。
「動《うご》いて居《ゐ》やしないぢやないか。あれ御覽《ごらん》な。」
かう云《い》つて光子《みつこ》はにやにや笑《わら》つて居《ゐ》る。成《な》る程《ほど》さう云《い》はれて見《み》れば、先《さつき》は確《たし》かに動《うご》いて居《ゐ》たあの蛇《へび》が、今《いま》はぢツととぐろを卷《ま》いて少《すこ》しも姿勢《しせい》を崩《くづ》さない。
「そんなものを見《み》て居《ゐ》ないで、あたしと一|諸《しよ》に此方《こつち》へおいでよ。」
暖《あたゝか》く柔《やはら》かな光子《みつこ》の掌《たなごゝろ》は、とても振《ふ》り放《はな》す事《こと》の出來《でき》ない魔力《まりよく》を持《も》つて居《ゐ》るやうに、輕《かる》く私《わたし》の腕《かひな》を捕《とら》へて、薄氣味《うすきみ》の惡《わる》い部屋《へや》の方《はう》へずるずると引張《ひつぱ》つて行《ゆ》き、忽《たちま》ち二人《ふたり》の體《からだ》は重《おも》い緞子《どんす》の帷《まく》の中《なか》へめり[#「めり」に傍点]込《こ》んだかと思《おも》ふ間《ま》もなく、眞暗《まつくら》な部屋《へや》の中《なか》に入《はい》つて了《しま》つた。
「榮《えい》ちやん、仙吉《せんきち》に會《あ》はせて上《あ》げようか。」
「ああ、何處《どこ》に居《ゐ》るのだい。」
「今《いま》蠟燭《らふそく》をつけると判《わか》るから待《ま》つておいで。――それよりお前《まへ》に面白《おもしろ》いものを見《み》せて上《あ》げよう。」
光子《みつこ》は私《わたし》の手頸《てくび》を放《はな》して、何處《どこ》かへ消《き》え失《う》せて了《しま》つたが、やがて部屋《へや》の正面《しやうめん》の暗闇《くらやみ》にピシピシと凄《すさま》じい音《おと》を立《た》てて、細《ほそ》い靑白《あをじろ》い光《ひかり》の絲《いと》が無數《むすう》に飛《と》びちがひ、流星《りうせい》のやうに走《はし》つたり、波《なみ》のやうにのたくつたり、圓《ゑん》を畫《か》いたり、十|文字《もんじ》を畫《か》いたりし始《はじ》めた。
「ね、面白《おもしろ》いだろ、何《なん》でも書《か》けるんだよ。」
かう云《い》ふ聲《こゑ》がして、光子《みつこ》は又《また》私《わたし》の傍《そば》へ步《ある》いて來《き》た樣子《やうす》である。今迄《いままで》見《み》えて居《ゐ》た光《ひかり》の絲《いと》はだんだんに薄《うす》らいで闇《やみ》に消《き》えかかつて居《ゐ》る。
「あれは何《なに》?」
「舶來《はくらい》の燐寸《まち》で壁《かべ》を擦《こす》つたのさ。暗闇《くらやみ》なら何《なに》を擦《こす》つても火《ひ》が出《で》るんだよ。榮《えい》ちやんの着物《きもの》を擦《こす》つて見《み》ようか。」
「お止《よ》しよ、あぶないから。」
私《わたし》は吃驚《びつくり》して逃《に》げようとする。
「大丈夫《だいぢやうぶ》だよ、ね、ほら御覽《ごらん》。」
と、光子《みつこ》は無造作《むざうさ》に私《わたし》の着物《きもの》の上《うは》ん前《まへ》を引張《ひつぱ》つて燐寸《まち》を擦《す》ると、絹《きぬ》の上《うへ》を螢《ほたる》が這《は》ふやうに靑《あを》い光《ひかり》がぎらぎらして、ハギハラと片假名《かたかな》の文字《もじ》が鮮明《せんめい》に描《ゑが》き出《だ》されたまま、暫《しばら》くは消《きえ》ずに居《ゐ》る。
「さあ、あかりを付《つ》けて仙吉《せんきち》に會《あ》はせて上《あ》げようね。」
ピシツと鑽火《きりび》を打《う》つやうに火花《ひばな》が散《ち》つて、光子《みつこ》の手《て》から蠟燐寸《らふまつち》が燃《も》え上《あが》ると、やがて部屋《へや》の中程《なかほど》にある燭臺《しよくだい》に灯《ひ》が移《うつ》された。
西洋蠟燭《せいやうらふそく》の光《ひかり》は、朦朧《もうろう》と室内《しつない》を照《て》らして、さまざまの器物《きぶつ》や置《お》き物《もの》の黑《くろ》い影《かげ》が、魑魅魍魎《ちみまうりやう》の跋扈《ばつこ》するやうな姿《すがた》を、四|方《はう》の壁《かべ》へ長《なが》く大《おほ》きく映《うつ》して居《ゐ》る。
「ほら仙吉《せんきち》は此處《こゝ》に居《ゐ》るよ。」
かう云《い》つて、光子《みつこ》は蠟燭《らふそく》の下《した》を指《ゆびさ》した。見《み》ると燭臺《しよくだい》だと思《おも》つたのは、仙吉《せんきち》が手足《てあし》を縛《しば》られて兩肌《りやうはだ》を脫《ぬ》ぎ、額《ひたひ》へ蠟燭《らふそく》を載《の》せて仰向《あふむ》いて坐《すわ》つて居《ゐ》るのである。顏《かほ》と云《い》はず頭《あたま》と云《い》はず、鳥《とり》の糞《ふん》のやうに溶《と》け出《だ》した蠟《らふ》の流《ながれ》は、兩眼《りやうがん》を縫《ぬ》ひ、唇《くちびる》を塞《ふさ》いで頤《あご》の先《さき》からぽたぽたと膝《ひざ》の上《うへ》に立《た》ち、七|分通《ぶどほ》り燃《も》え盡《つく》した蠟燭《らふそく》の火《ひ》に今《いま》や睫毛《まつげ》が焦《こ》げさうになつて居《ゐ》ても、婆羅門《ばらもん》の行者《ぎやうじや》の如《ごと》く胡座《あぐら》をかいて拳《こぶし》を後手《うしろで》に括《くゝ》られたまま、大人《おとな》しく端然《たんぜん》と控《ひか》へて居《ゐ》る。
光子《みつこ》と私《わたし》が其《そ》の前《まへ》へ立《た》ち止《どま》ると、仙吉《せんきち》は何《なん》と思《おも》つたか蠟《らふ》で强張《こはば》つた顏《かほ》の筋肉《きんにく》をもぐもぐと動《うご》かし、漸《やうや》く半眼《うすめ》を開《あ》いて怨《うら》めしさうにぢツと私《わたし》の方《はう》を睨《にら》んだ。さうして重苦《おもくる》しい切《せつ》ない聲《こゑ》で嚴《おごそ》かに喋《しやべ》り出《だ》した。
「おい、お前《まへ》も己《おれ》も不斷《ふだん》あんまりお孃樣《ぢやうさま》をいぢめたものだから、今夜《こんや》は仇《かたき》を取《と》られるんだよ。己《おれ》はもうすつかりお孃樣《ぢやうさま》に降參《かうさん》して了《しま》つたんだ。お前《まへ》も早《はや》く詫《あやま》つて了《しま》はないと、非道《ひど》い目《め》に會《あ》はされる。‥‥‥‥」
かう云《い》ふ間《ま》も蠟《らふ》の流《ながれ》は遠慮《ゑんりよ》なくだらだらと蚯蚓《みゝず》の這《は》ふやうに額《ひたひ》から睫毛《まつげ》へ傳《つた》はつて來《く》るので、再《ふたゝ》び仙吉《せんきち》は、眼《め》をつぶつて固《かた》くなつた。
「榮《えい》ちやん、もう此《こ》れから信《しん》ちやんの云《い》ふ事《こと》なんぞ聽《き》かないで、あたしの家來《けらい》にならないか。いやだと云《い》へば彼處《あすこ》にある人形《にんぎやう》のやうに、お前《まへ》の體《からだ》へ蛇《へび》を何匹《なんびき》でも卷《ま》き付《つ》かせるよ。」
光子《みつこ》は始終《しじゆう》底氣味惡《そこきみわる》く笑《わら》ひながら、金字入《きんじいり》の洋書《やうしよ》が一|杯《ぱい》詰《つ》まつて居《ゐ》る書棚《しよだな》の上《うへ》の、石膏《せきかう》の像《ざう》を指《さ》した。恐《おそ》る恐《おそ》る額《ひたひ》を上《あ》げて上眼《うはめ》づかひに薄暗《うすぐら》い隅《すみ》の方《はう》を見《み》ると、筋骨《きんこつ》逞《たくま》しい裸體《らたい》の巨漢《きよかん》が蟒《うはゞみ》に卷《ま》き付《つ》かれて凄《すさま》じい形相《ぎやうさう》をして居《ゐ》る彫刻《てうこく》の傍《そば》に、例《れい》の靑大將《あをだいしやう》が二三|匹《びき》大人《おとな》しくとぐろを卷《ま》いて、香爐《かうろ》のやうに控《ひか》へて居《ゐ》るが、恐《おそ》ろしさが先《さき》へ立《た》つて本物《ほんもの》とも贋物《にせもの》とも見極《みきは》めが付《つ》かない。
「何《なん》でもあたしの云《い》ふ通《とほ》りになるだらうね。」