Produced by Sachiko Hill and Kaoru Tanaka
Title: 血笑記 (Kesshouki)
Author: 二葉亭四迷 (Shimei Futabatei)
Language: Japanese
Produced by Sachiko Hill and Kaoru Tanaka.
(This file was produced from images generously made
available by Kindai Digital Library)
-------------------------------------------------------
Notes on the signs in the text
《...》 shows ruby (short runs of text alongside the
base text to indicate pronunciation).
Eg. 其《そ》
| marks the start of a string of ruby-attached
characters.
Eg. 十三|年目《ねんめ》
※ represents a Chinese character that is not included
in computer fonts. The structure of the character is
explained in the following bracket[#...].
Eg. ※[#立+宛]
-------------------------------------------------------
血笑記
アンドレーエフ作
二葉亭譯
(前編、斷篇第一)
…物狂《ものぐる》ほしさと怕《おそ》ろしさとだ。
始《はじめ》て之《これ》を感《かん》じたのは某街道《なにがしかいどう》を引上《ひきあ》げる時《とき》であつた。もう十|時間《じかん》も歩《ある》き續《つゞ》けて、休憇《きうけい》もせず、歩調《ほてう》も緩《ゆる》めず、倒《たふ》れる者《もの》は棄《す》てゝ行《ゆ》く。敵《てき》は密集團《みつしふだん》となつて追擊《つゐげき》して來《く》るのだ。今《いま》附《つ》けた足跡《あしあと》も三四|時間《じかん》の後《のち》には敵《てき》の足跡《あしあと》に踏消《ふみけ》されて了《しま》はう。暑《あつ》かつた。何度《なんど》であつたか、四十|度《ど》、五十|度《ど》、或《あるひ》は其以上《それいじやう》であつたかも知《し》れんが、唯《ただ》もう不斷《のべつ》に蕩々《だら〳〵》と底《そこ》も知《し》れぬ暑《あつ》さで、いつ涼《すゞ》しくなる目的《あて》もない。太陽《たいやう》は大《おほ》きく、火《ひ》の燃《も》ゆるやうに、怕《おそ》ろしげで、或《あるひ》は大地《だいち》に近寄《ちかよ》つて、用捨《ようしや》のない火氣《くわき》に引包《ひツつゝ》み、燒盡《やきつく》さむとするのかと危《あや》ぶまれた。眼《め》を開《あ》いてゐられゝばこそ。小さく、窄《すぼ》んだ、罌粟《けし》粒程《つぶほど》の瞳孔《ひとみ》が閉《と》ぢた眼瞼《まぶた》の下《した》に蔭《かげ》を求《もと》めても、蔭《かげ》はなく、日《ひ》は薄皮《うすかは》を透《とほ》して、血紅色《けつこうしよく》の光線《くわうせん》を疲《つか》れ切《き》つた腦中《なうちう》へ送《おく》る。けれども、流石《さすが》に目《め》を閉《と》ぢてゐれば樂《らく》なので、私《わたし》は長《なが》い間《あひだ》、事《こと》に寄《よ》ると何時間《なんじかん》といふ間《あひだ》、目《め》を閉《と》ぢて、前後左右《ぜんごさいう》を引上《ひきあ》げて行《ゆ》く物音《ものおと》を聽《き》きながら行《い》つた。人馬《じんば》の重《おも》たげな揃《そろ》はぬ足音《あしおと》、鐵《てつ》の車輪《しやりん》の小石《こいし》を引割《ひきわ》る音《おと》、誰《たれ》やらの苦《くる》し氣《げ》な精《せい》の盡《つ》きた溜息《ためいき》、燥《はしや》いだ唇《くちびる》を鳴《な》らす乾《かわ》いた音《おと》などが聞《きこ》える。皆《みな》默《だま》つてゐる。啞者《おし》の軍《ぐん》の行《ゆ》くやうだ。皆《みな》倒《たふ》れゝば默《だま》つて倒《たふ》れる。それに躓《つまづ》いて倒《たふ》れる者《もの》も、默《だま》つて起上《おきあが》つて、顧視《みむき》もせずに行《ゆ》く。宛《まる》で啞者《おし》である上《うへ》に目《め》も耳《みゝ》も聾《し》ひてるやうだ。私《わたし》も幾度《いくたび》か躓《つまづ》いて倒《たふ》れたが、其時《そのとき》は我《われ》にもなく目《め》を開《あ》く――と、目《め》に見《み》える物《もの》は、人間離《にんげんばな》れした虛《うそ》らしい、此世《このよ》が狂《くる》つて苦《くる》し氣《げ》に譫語《うはごと》をいふやうな光景《ありさま》だ。炎《も》ゆるやうな空氣《くうき》が搖《ゆ》れ、蕩《とろ》けさうな石《いし》も默《だま》つて搖《ゆる》ぎ、遙《はる》か向《むか》ふの曲角《まがりかど》を曲《まが》る人《ひと》の群《むれ》も、大砲《たいはう》も、馬《うま》も、大地《だいち》を離《はな》れて、音《おと》もなく、ジェリーのやうに震《ふる》ひながら行《ゆ》く所《ところ》は、生《い》きた物《もの》とは見《み》えないで、體《からだ》は烟《けむ》の幽靈《いうれい》のやうである。大《おほ》きな怕《おそ》ろしげな、ツイ鼻《はな》の先《さき》に見《み》える太陽《たいやう》が、銃身《じうしん》に金具《かなぐ》に光《ひかり》を宿《やど》して、小《ちひ》さな、無數《むすう》の太陽《たいやう》を映出《うつしだ》し、その眩《まば》ゆい光《ひかり》が横合《よこあひ》からも、足元《あしもと》からも、眼《め》に射込《さしこ》み、白《しろ》い㷔《ほのほ》を噴《は》いてピカ〳〵と鋭《するど》いこと、宛然《さながら》白熱《はくねつ》した銃劒《じうけん》の切先《きツさき》を見《み》るやうだ。燒立《やきた》て〳〵物《もの》を枯《か》らさむとする暑熱《しよねつ》は、身《み》に沁《し》み、骨《ほね》に透《とほ》り、髓《ずゐ》に徹《てつ》して、時《とき》としては胴《どう》の上《うへ》にぶらつくものは首《くび》ではなくて、何《なん》とも得體《えたい》の知《し》れぬ、重《おも》こいやうな、輕《かる》いやうな、圓《まる》い不思議《ふしぎ》な物《もの》であつて、どうやら自分《じぶん》の物《もの》ではないやうに思《おも》はれ、薄氣味惡《うすきみわる》くなることもある。
と、其時《そのとき》、偶然《ひよつと》我家《わがや》が眼《め》の前《まへ》に浮《うか》ぶ。部屋《へや》の隅《すみ》で、水色《みづいろ》の壁紙《かべがみ》の片端《かたはし》が見《み》えて、卓《テーブル》の上《うへ》には、水《みづ》の入《はい》つた壜《フラスク》が其儘《そのまゝ》手付《てつか》ずに埃塗《ほこりまぶ》れになつてゐる。これは私《わたし》の卓《テーブル》で、跛《びツこ》なので、短《みじか》い方《はう》の脚《あし》の下《した》には紙《かみ》を丸《まる》めて敷《か》つてある。隣室《りんしつ》には、見《み》えぬけれど妻《さい》も忰《せがれ》も居《ゐ》るらしい。若《も》し聲《こゑ》が出《だ》せたら、大聲《おほごゑ》出《だ》して喚《わめ》いたかも知《し》れぬ――水色《みづいろ》の壁紙《かべがみ》の片端《かたはし》に、埃塗《ほこりまぶ》れの手附《てつ》かずの壜《フラスク》と、見《み》る所《ところ》は尋常《じんじやう》の、際立《きはだ》つた物《もの》ではないけれど、それに其程《それほど》目《め》を駭《おどろ》かされたのである。
今《いま》だに憶《おぼ》えてゐるが、立止《たちど》まつて兩手《りやうて》を擧《あ》げると、トンと誰《だれ》かに背後《うしろ》から衝飛《つきとば》された。ツカ〳〵と前《まへ》へ出《で》る――と、もう其儘《そのまゝ》暑《あつ》いことも草臥《くたび》れたことも忘《わす》れて、愴惶《あわたゞ》しく、人《ひと》を押分《おしわ》けて、何方《いづく》ともなく進《すゝ》んで行《い》つた。際限《さいげん》もない、無言《むごん》の人《ひと》の列《れつ》の間《あひだ》を、右左《みぎひだり》に赤《あか》い炎《も》えそうな頸窩《ぼんのくぼ》を視《み》て、グタリと下《さ》げた熱《あつ》い銃劒《じうけん》と殆《ほとん》ど擦《す》れ〳〵に大分《だいぶ》進《すゝ》んだ時《とき》、何《なに》を私《わたし》は爲《し》てゐるので、何處《どこ》へ此樣《こんな》に急《いそ》いで行《ゆ》くのだらうと、立止《たちど》まつた。で、急《いそ》いで向直《むきなほ》つて、無理無體《むりむたい》に列外《れつぐわい》へ出《で》て、とある窪地《くぼち》を越《こ》え、其處《そこ》の石《いし》の上《うへ》に焦燥《せか〳〵》と腰《こし》を卸《おろ》した所《ところ》は、このざらざらの燒石《やけいし》を目的《めあて》に、これまで藻搔《もが》いて來《き》たやうであつた。
其時《そのとき》始《はじ》めて氣《き》が附《つ》いた。日光《につくわう》の惶《きら》つく中《なか》を、暑《あつ》さに弱《よわ》り、ヘト〳〵に草臥《くたび》れて、無言《むごん》でふら〳〵と行《い》つては倒《たふ》れる者《もの》は、これは皆《みな》狂人《きちがひ》だ。何處《どこ》へ行《ゆ》くのか、何《なん》で日《ひ》に照付《てりつ》けられるのか、誰《だれ》も知《し》らない、誰《だれ》も何《なに》も知《し》つてゐない。胴《どう》の上《うへ》に在《あ》るのは首《くび》ではなくて、變《へん》な気味《きみ》の惡《わる》い物《もの》だ。と見《み》ると一人《ひとり》、矢張《やつぱ》り私《わたし》のやうに、愴惶《あわたゞ》しく列外《れつぐわい》へ脫出《ぬけだ》してバタリと倒《たふ》れる、續《つゞ》いて又《また》一人《ひとり》、又《また》一人《ひとり》ヽヽヽと、群《むら》がる人《ひと》の頭《あたま》の上《うへ》に馬《うま》の首《くび》が見《み》える。血走《ちば》しつた物狂《ものぐる》ほしい目色《めつき》をして、齒齦《はぐき》まで露出《むきだ》した所《ところ》は、不氣味《ぶきみ》な奇怪《きくわい》な叫聲《さけびごゑ》を立《た》てゝゐるやうに見《み》えたけれど、其聲《そのこゑ》が聞《きこ》えるでもなかつた。首《くび》が見《み》えて、バタリと倒《たふ》れると、其處《そこ》に暫《しば》し人《ひと》だかりがする。皆足《みなあし》を駐《とゞ》めて、皺嗄《しやが》れた冴《さ》えぬ聲《こゑ》で何《なに》やら喚《わめ》くとドンと一|發《ぱつ》銃聲《じうせい》が聞《きこ》えて、又皆《またみな》默《だま》つて動出《うごきだ》して、際限《さいげん》もなく續《つゞ》いて行《ゆ》く。私《わたし》はやがて一|時間《じかん》も石《いし》の上《うへ》に腰《こし》を掛《か》けてゐたが、其間《そのあひだ》絕《た》えず人影《ひとかげ》は眼前《がんぜん》を過《す》ぎ行《ゆ》いて、空《そら》はゆすれ、地《ち》は搖《ゆる》ぎ、遠《とほ》く幽靈《いうれい》の如《ごと》くに行《ゆ》く隊伍《たいご》の影《かげ》は戰《をのゝ》くやうに見《み》えた。骨《ほね》を枯《から》さむとする暑《あつ》さは更《さら》に肉《にく》に徹《とほ》つて、瞥《ちら》りと眼《め》に映《うつ》つた物《もの》は、直《す》ぐ忘《わす》れて了《しま》ふ。眼前《がんぜん》を過《す》ぎ行《ゆ》く人影《ひとかげ》は暫《しばら》くも絕《た》えぬが、過《す》ぎ行《ゆ》く人《ひと》の誰《だれ》だかは分《わか》らない。一|時間程前《じかんほどまへ》に此石《このいし》に腰《こし》を掛《か》けてゐたのは私《わたし》一人《ひとり》だつたが、今《いま》は周圍《ぐるり》に灰色《はいゝろ》の人《ひと》が一塊《ひとかたまり》り集《あつ》まつた。或者《あるもの》は地《ち》に伏《ふ》して動《うご》かない。死《し》んでゐるのかと思《おも》はれる。或者《あるもの》は私《わたし》のやうに石《いし》に腰《こし》を掛《か》けて、氣脫《きぬ》けしたやうな面《かほ》をして、通《とほ》る人《ひと》を見《み》てゐる。銃《じう》を持《も》つてゐる者《もの》は兵士《へいし》らしいが、丸裸《まるはだか》に近《ちか》い姿《すがた》で、蘇枋染《すほうぞ》めの、見《み》るも厭《いや》らしい色合《いろあひ》の肌《はだ》をした者《もの》もある。つい其處《そこ》に誰《だれ》だか素肌《すはだ》の背《せ》を上《うへ》に向《む》けて寢《ね》てゐる。稜立《かどだ》つた熱《あつ》い石《いし》に面《かほ》を伏《ふ》せて平氣《へいき》でゐるさへあるに、仰向《あふむ》けにした掌《てのひら》を見《み》れば白《しろ》いから、死人《しにん》のやうであるけれど、背《せ》の色《いろ》は生人《せいじん》のそれの如《ごと》く赤《あか》い。唯《たゞ》燻肉《くすべにく》のやうに聊《いさゝ》か黄味《きみ》を帯《お》びてゐるので、此世《このよ》の人《ひと》でない事《こと》が知《し》れる。私《わたし》は此《この》死骸《しがい》の側《そば》を退《ど》きたかつたが、退《ど》く力《ちから》が無《な》かつたのでふら〳〵しながら、矢張《やつぱり》ふら〳〵と幽靈《いうれい》のやうに行《ゆ》く人《ひと》の際限《さいげん》もなく續《つゞ》く列《れつ》を見《み》てゐた。今《いま》にも日射病《につしやびやう》に罹《かゝ》るのは頭《あたま》の工合《ぐあひ》でも知《し》れてゐたが、平氣《へいき》で其《それ》に罹《かゝ》るのを待《ま》つてゐた。宛《まる》で夢心地《ゆめごゝち》で、死《し》といふものは、不思議《ふしぎ》な綾《あや》に絡《から》むだ夢想《むさう》の街道《かいだう》の立塲《たてば》か何《なん》ぞのやうに思《おも》はれた。
と見《み》ると、連《つれ》を離《はな》れて思切《おもひき》つた體《てい》に此方《こちら》を目蒐《めが》けて來《く》る一人《ひとり》の兵《へい》がある。其姿《そのすがた》がしばし窪《くぼ》みに隱《かく》れて、やがて又《また》其《それ》を這出《はひだ》して來《く》るのを見《み》れば、危《あぶ》ない足取《あしど》りで、手《て》も足《あし》も頽然《ぐたり》となりさうなのを、然《さ》うはさせまいと力《りき》むのが、もう精《せい》一|杯《ぱい》の所《ところ》らしい。正面《まとも》に私《わたし》を目蒐《めが》けて來《く》るので、苦《くる》しい夢《ゆめ》にもやもやと腦《なう》を閉《と》ぢられさうな中《なか》でも、駭然《ぎよツ》として、「何《なん》だ?」
聲《こゑ》を掛《か》けると、兵《へい》はピタリと立止《たちど》まつた。聲《こゑ》の掛《かゝ》るのを待《ま》つてゐたのかと思《おも》はれる。髯《ひげ》むしやの大男《おほをとこ》で、襟《えり》の裂《さ》けた服《ふく》を着《き》て、衝立《つツた》つてゐる。銃《じう》を持《も》つてゐなかつた。ズボンは釦一《ボタンひと》つで支《さゝ》へてゐて、その綻《ほころ》びの切目《きれめ》から白《しろ》い肌《はだ》が透《す》いて見《み》える。手足《てあし》が頽然《ぐたり》とだらけるのを、だらけさすまいと氣《き》を張《は》つてゐるけれど、もう其《それ》も叶《かな》はぬ。一《ひと》つに寄《よ》せた手《て》が直《す》ぐとダラリと左右《さいう》に垂《た》れる。
「貴樣《きさま》如何《どう》したのか? まあ、坐《すわ》れ。」
けれども兵《へい》は衝立《つツた》つたまゝ、締《し》めても〳〵だらけながら、默《だま》つて人《ひと》の面《かほ》を視《み》てゐる。私《わたし》も我知《われし》らず起上《たちあが》つた。よろ〳〵しながら其眼《そのめ》を覗《のぞ》き込《こ》むと限《かぎ》りなき怖《おそれ》と狂《くる》つた氣《き》が浮《う》いて見《み》える。誰《だれ》の瞳《ひとみ》も皆《みな》蹙《しゞ》まつてゐるのに、これのばかりは眼《め》一|杯《ぱい》に擴《ひろ》がつてゐる。かうした大《おほ》きい窓《まど》から覗《のぞ》いたら、外《そと》は嘸《さ》ぞ火《ひ》の海《うみ》のやうに見《み》えやう。偶然《ひよツ》としたら、これの眼色《めざし》に浮《うか》んでゐるのが死《し》の影《かげ》ではあるまいかと思《おも》はれた――いや、さう思《おも》はれたばかりではない、それに相違《さうゐ》なかつたのだ。この眞黑《まつくろ》な、底《そこ》も知《し》れぬ、烏《からす》のそれのやうにオレンジ色《いろ》の細《ほそ》い縁《ふち》を取《と》つた瞳《ひとみ》には、死《し》以上《いじやう》、死《し》の恐怖《きやうふ》以上《いじやう》のものが浮《う》いてゐたのだ。
「彼方《あツち》へ行《い》け、彼方《あツち》へ!」と一足《ひとあし》退《さ》つて、私《わたし》は喚《わめ》いた。
と、かう言《い》ふのを待《ま》つてゐたやうに、其兵《そのへい》がバタリと私《わたし》の上《うへ》へ倒《たふ》れ懸《かゝ》つた。頽然《ぐたり》とした、物《もの》を言《い》わぬ、大《おほき》な奴《やつ》に推倒《おしたふ》されて、私《わたし》も倒《たふ》れた。わなゝきながら、壓付《おしつ》けられた足《あし》を引外《ひツはづ》して、跳起《はねおき》るや――もう方角《はうがく》も何《なに》も有《あ》つたものでない、唯《たゞ》人《ひと》の居《ゐ》ぬ方《はう》へ、唯《たゞ》日光《ひかげ》のちらつく遠方《ゑんぱう》へ逃《に》げやうとする時《とき》、右手《ゆんで》の山《やま》の嶺《いたゞき》でドンと一|發《ぱつ》鳴《な》る。直《す》ぐ其後《そのあと》から木魂《こだま》のやうに續《つゞ》けざまにドン〳〵と二|發《はつ》鳴《な》る。と、何處《どこ》か頭上《づじやう》を破裂彈《はれつだん》が飛《と》んで行《ゆ》く。其音《そのおと》に大勢《おほぜい》が喜《よろこ》び勇《いさ》むで、喚《わめ》き、叫《さけ》び、哮《たけ》るやうな聲《こゑ》が籠《こも》つて聞《きこ》えた。
敵《てき》が迂廻《うくわい》した!
死《し》にさうな暑《あつ》さも、怖《おそ》ろしさも、疲《つか》れも、さらりと忘《わす》れる。氣《き》が判然《はつきり》する。思《おも》ふ所《ところ》が顕《けざや》かに浮上《うきあが》る。息《いき》せき切《き》つて、走《はし》つて立直《たちなほ》つた列《れつ》に就《つ》かうとする時《とき》、晴《はれ》やかな嬉《うれ》しさうな面《かほ》がちら〳〵見《み》え、皺嗄《しやが》れ聲《ごゑ》で喚《わめ》く聲《こゑ》が聞《きこ》え、號令《がうれい》が聞《きこ》え、無駄口《むだぐち》叩《たゝ》く聲《こゑ》も聞《きこ》えた。日《ひ》は邪魔《じやま》にならぬやうに競上《せりあが》りでもしたのか、朦朧《ぼんやり》となつて押鎭《おしゝづ》まる――と、又《また》魔法使《まはふづかひ》がキゝと叫《さけ》ぶやうな音《おと》を立《た》てゝ、空《くう》を截《き》つて破裂彈《はれつだん》が飛《と》ぶ。
私《わたし》は隊《たい》に近《ちか》づいた…
(斷篇第二)
…馬《うま》も兵《へい》も皆《みな》戰死《せんし》した。第《だい》八|砲列《はうれつ》も其通《そのとほ》り。我《わが》第《だい》十二|砲列《はうれつ》で、三日目《みツかめ》の夕刻《ゆふこく》まで無事《ぶじ》であつたのは僅《わづ》か砲《はう》三|門《もん》と、――跡《あと》は皆壞《みなこは》されて了《しま》つたので、――それに砲手《はうしゆ》六|人《にん》に將校《しやうかう》一人《ひとり》といふのが即《すなは》ち私《わたし》だ。もう二十|時間《じかん》も一|睡《すゐ》もせず、何《なに》も食《く》はない。三|晝夜《ちうや》もサタンの磤《はた》めき哮《たけ》る中《なか》に居《ゐ》たので、狂氣《きやうき》の黑雲《くろくも》に引包《ひツつゝ》まれて、地《ち》を離《はな》れ、空《そら》を離《はな》れ、味方《みかた》を離《はな》れて、生《い》きながら狂人《きやうじん》の如《ごと》くに小迷《さまよ》ふ。死人《しにん》は靜《しづ》かに臥《ね》ても居《ゐ》るが、吾々《われ〳〵》はくれ〳〵と立働《たちはた》らいて、勤《つと》める所《ところ》は勤《つと》め、物《もの》を言《い》ひ、笑《わら》ひまでして、――それでゐて宛然《さながら》の狂人《きやうじん》だ。危《あぶ》な氣《げ》なく活溌《くわつぱつ》に働《はたら》いて、命令《めいれい》も明瞭《はツきり》下《くだ》せば、又其《またそれ》を間違《まちが》ひなく仕遂《しと》げても行《ゆ》くが、それでゐて、若《も》し突然《とつぜん》誰《だれ》かを捉《つかま》へて、お前《まへ》は誰《だれ》だと聞《き》いたなら、うやむやの頭《あたま》では、恐《おそ》らく何《なん》と答《こた》へたものか、分《わか》らなかつたらう。夢《ゆめ》を見《み》てゐるやうなもので、誰《だれ》の顏《かほ》も疾《と》うからの馴染《なじみ》らしく見《み》え、何事《なにごと》が起《おこ》つても、矢張《やツぱ》り嘗《かつ》て有《あ》つた、覺《おぼ》えのある、知《し》り拔《ぬ》いてゐる事《こと》のやうに思《おも》はれるが、其癖《そのくせ》誰《だれ》かの顏《かほ》が砲《はう》を凝《じツ》と視《み》てゐると、或《あるひ》は砲聲《はうせい》に耳《みゝ》を傾《かたむ》けてゐると、どれも〴〵皆《みん》な目《め》の覺《さ》める程《ほど》珍《めづ》らしくて、解《と》いても〳〵解《と》き盡《つく》せぬ謎《なぞ》か何《なん》ぞのやうに思《おも》はれる。何時《いつ》の間《ま》にか夜《よ》になる。それと氣《き》が附《つ》いて、何處《どこ》の隅《すみ》から暗《くら》くなつて來《き》たのかと怪《あや》しむ間《ま》さへなく、又《また》頭《あたま》の上《うへ》で赫《くわツ》と日《ひ》が照《て》り出《だ》す。偶々《たま〳〵》餘處《よそ》から來《き》た者《もの》に聞《き》いて、始《はじめ》て戰鬪《せんとう》も最《も》う三日目《みツかめ》と分《わか》るが、それも傍《そば》から直《す》ぐ忘《わす》れて了《しま》ふ。如何《どう》やら暮《く》れも明《あ》けもせぬ延《のべ》たらの一|日《じつ》のやうで、暗《くら》い時《とき》もあれば、明《あか》るい時《とき》もあるが、何《いづ》れにしても滅茶苦茶《めちやくちや》で、薩張《さツぱり》譯《わけ》が分《わか》らない。而《さう》して誰《だれ》も死《し》を畏《おそ》れない。死《し》ぬといふのが如何《どん》な事《こと》だか、それも分《わか》らない。
三日目《みツかめ》だつたか、四日目《よツかめ》だつたか、覺《おぼ》えがないが、一寸《ちよツと》胸壁《きょうへき》の蔭《かげ》で横《よこ》になつて眼《め》を閉《と》ぢると、忽《たちま》ち例《れい》の馴染《なじみ》の、しかし不思議《ふしぎ》な物《もの》が見《み》える。それは靑色《あをいろ》の壁紙《かべがみ》が少《すこ》しばかりと、私《わたし》のと極《き》めた小卓《こテーブル》の上《うへ》の埃塗《ほこりまぶ》れの手着《てつ》かずの壜《びん》で、隣室《りんしつ》には妻《さい》も忰《せがれ》も居《ゐ》るやうだが、姿《すがた》が見《み》えぬ。唯《たゞ》此時《このとき》は卓《テーブル》の上《うへ》に綠色《みどりいろ》の笠《かさ》を被《き》たランプが點《とぼ》つてゐたから、宵《よひ》か夜中《よなか》だつたに違《ちが》ひない。で、かうした所《ところ》が眼前《がんぜん》に留《とま》つて動《うご》かぬから、私《わたし》は永《なが》いこと、心靜《こゝろしづ》かに、ためつすがめつ壜《びん》のグラスにちらつく火影《ほかげ》を視《み》、壁紙《かべがみ》を眺《なが》めて、心《こゝろ》の中《うち》で、もう夜《よる》だ、寢《ね》る時分《じぶん》だのに、何故《なぜ》坊《ばう》は寢《ね》ないのだらうと思《おも》つてゐた。で、又《また》壁紙《かべがみ》を眺《なが》めて見《み》ると、唐草《からくさ》に、銀色《ぎんしよく》の花《はな》に、格子《かうし》のやうな物《もの》に、管《くだ》のやうな物《もの》と――や、我《わが》居間《ゐま》ながら、かうも能《よ》く見識《みし》つてゐやうとは思《おも》ひ掛《が》けなかつた。時々《とき〴〵》目《め》を開《あ》いて、處々《ところ〴〵》美《うつく》しい明《あか》るい縞《しま》の入《はい》つた眞黑《まつくろ》な空《そら》を眺《なが》めては、又《また》目《め》を閉《と》ぢて、更《さら》に壁紙《かべがみ》を視《み》、壜《びん》の光《ひか》るのを視《み》て、もう夜《よる》だ、寢《ね》る時分《じぶん》だのに、何故《なぜ》坊《ばう》は寢《ね》ないのだらうと思《おも》ふ。一|度《ど》近《ちか》くで砲彈《はうだん》が破裂《はれつ》した。其時《そのとき》何《なに》やら兩足《りやうあし》にふわりと觸《ふ》れたと思《おも》ふと、誰《だれ》だか大聲《おほごゑ》で、砲彈《はうだん》の破裂《はれつ》した音《おと》よりも上手《うはて》の聲《こゑ》で、ワッと叫《さけ》んだ。誰《だれ》か射《や》られたなと思《おも》つたが、起上《おきあが》りもせんで、私《わたし》は凝然《ぢツ》とあからめもせず靑色《あをいろ》の壁紙《かべがみ》と壜《びん》を眺《なが》めてゐた。
軈《やが》て起上《おきあが》つて、歩《ある》き廻《まは》り、指揮《しき》をしたり、人《ひと》の顏《かほ》を覗《のぞ》き込《こ》むだり、照準《せうじゆん》を極《き》めたりしたが、心《こゝろ》では矢張《やツぱ》り、何故《なぜ》坊《ばう》は寢《ね》ないのだらう、と思《おも》つてゐた。一|度《ど》傳騎《でんき》に其《その》理由《わけ》を聞《き》いたら、永《なが》いこと何《なん》だか事細《ことこま》かに説明《せつめい》して呉《く》れて、二人《ふたり》で點頭《うなづき》あつた。傳騎《でんき》は笑《わら》つた。其面《そのかほ》を見《み》ると、左《ひだり》の眉《まゆ》を釣上《つりあ》げて、背後《うしろ》の誰《だれ》かに擽《くす》ぐツたい目交《めまぜ》をしてゐたが、背後《うしろ》には誰《だれ》かの足《あし》の裏《うら》が見《み》えたばかりで、外《ほか》には何《なに》も見《み》えなかつた。
此時《このとき》四邊《あたり》は最《も》う明《あか》るくなつて居《ゐ》たが、不意《ふい》にポツリと降《ふ》つて來《き》た。なに、雨《あめ》と云《い》つても矢張《やツぱり》故鄉《くに》で降《ふ》るやうな雨《あめ》で、ほんの詰《つま》らん點滴《しづく》では有《あ》つたけれど、不意《ふい》に、降《ふ》らずもの時《とき》に降《ふ》つて來《き》たので、皆《みな》濡《ぬ》れるのを畏《おそ》れて、狼狽《らうばい》して射擊《しやげき》を中止《ちうし》し、砲《はう》も何《なに》も放散《ほりちら》かして置《お》いて、やたら無性《むしやう》に其處《そこ》らの物蔭《ものかげ》へ逃《に》げ込《こ》むだ。只《たツ》た今《いま》私《わたし》と物《もの》を言《い》つてゐた傳騎《でんき》は、砲車《ほうしや》の下《した》へ潜《もぐ》り込《こ》むで身《み》を縮《ちゞ》めてゐたが、――危《あぶ》ない、今《いま》にも壓潰《おしつぶ》されるかも知《し》れないのに、太《ふと》つた砲手《はうしゆ》は、何《なん》と思《おも》つてか、或《あ》る戰死者《せんししや》の服《ふく》を剝《は》ぎに掛《かゝ》つた。私《わたし》は陣地《ぢんち》を走《はし》り廻《まは》つて、蝙蝠傘《かうもりがさ》だか、外套《ぐわいたう》だかを捜《さが》してゐた。蔽《かぶ》さる雲《くも》の中《なか》から雨《あめ》の降《ふ》り出《だ》したのは隨分《ずゐぶん》廣《ひろ》い塲面《ばめん》だつたが、其《その》塲面《ばめん》全體《ぜんたい》にふツと妙《めう》に寂然《しん》となる。榴霰彈《りうさんだん》が一《ひと》つ後馳《おくればせ》にブンと飛《と》んで來《き》て、パッと破裂《はれつ》して、又《また》寂然《しん》となる。寂然《しん》となつたので、太《ふと》つた砲手《はうしゆ》の荒《あら》い鼻息《はないき》が聞《き》える。石塊《いしころ》や砲身《はうしん》を打《う》つ雨《あめ》の音《おと》も聞《きこ》える。かう寂然《しん》とした中《なか》で、ぱら〳〵といふ閑《しづ》かな秋《あき》めかしい雨《あめ》の音《おと》を聽《き》き、濡土《ぬれつち》の香《か》を嗅《か》ぐと、淺《あさ》ましい血羶《ちなまぐさ》い夢《ゆめ》が瞬《またゝ》く間《ま》覺《さ》めたやうな氣《き》がして、雨《あめ》にきらつく砲身《はうしん》を見《み》れば、幼《おさな》い頃《ころ》の事《こと》でもない、初戀《はつこひ》でもない、しめやかに懷《なつ》かしい何《なに》かゞ、不思議《ふしぎ》にもふと想出《おもひだ》される。此時《このとき》遠方《ゑんぱう》でドンと最初《さいしよ》の一|發《ぱつ》が際立《きはだ》つて音高《おとたか》く鳴《な》ると、一寸《ちよツと》寂然《しん》としたのに魅《み》せられてゐた氣味《きみ》は去《さ》つて、皆《みな》隱《かく》れ塲《ば》から這出《はひだ》す。逃込《にげこ》む時《とき》のやうに、這出《はひだ》す時《とき》も唐突《たうとつ》だつた。太《ふと》つた砲手《はうしゆ》が誰《だれ》かを叱《しか》り飛《と》ばす。砲《はう》が鳴《な》る、又《また》鳴《な》る――と散々《さん〳〵》惱《なや》まされ拔《ぬ》いた腦《なう》が又《また》絳《あか》い霞《かすみ》に直《ひた》と鎖《とざ》される。雨《あめ》は何時《いつ》止《や》んだか、誰《だれ》も氣《き》が附《つ》かなかつたが、砲手《はうしゆ》が戰死《せんし》して其《その》むく〳〵と太《ふと》つた顏《かほ》の肉《にく》が落《お》ちて黄《き》ばむでも、尙《な》ほ點滴《しづく》が垂《た》れてゐたのを今《いま》に覺《おぼ》えてゐるから、何《なん》でも隨分《ずいぶん》長《なが》いこと降《ふ》つてゐたに違《ちが》ひない。
…未《ま》だ生若《なまわか》い志願兵《しぐわんへい》だつたつが、私《わたし》の前《まへ》に直立《ちよくりつ》して擧手《きよしゆ》の禮《れい》をしながら報告《ほうこく》するのを聞《き》くと、司令官《しれいくわん》から、其隊《そのたい》はもう二|時間《じかん》支《さゝ》ふべし、されば援兵《ゑんぺい》を送《おく》るといふ命令《めいれい》ださうだ。私《わたし》は何故《なぜ》坊《ばう》はまだ寢《ね》ないのだらうと心《こゝろ》では思《おも》いながら、口《くち》では何時間《なんじかん》でも支《さゝ》へてお目《め》に掛《か》けると答《こた》へた。さう答《こた》へた時《とき》、何故《なぜ》だか其《その》志願兵《しぐわんへい》の面《かほ》がふと目《め》に留《と》まる。大方《おほかた》非常《ひじやう》に蒼褪《あをざ》めてゐた所爲《せゐ》だつたらう。之程《これほど》蒼白《あをじろ》い面《かほ》を見《み》た事《こと》がない。死人《しにん》の面《かほ》だつて、此髭《このひげ》のない若若《わかわか》しい面《かほ》から見《み》れば、まだ紅味《あかみ》がある。必《かなら》ず途中《とちう》で度膽《どぎも》を拔《ぬ》かれたのが未《ま》だ直《なほ》らなかつたのに違《ちが》ひない。目庇《まびさし》へ手《て》を擧《あ》げてるのは、この慣《な》れた無雜作《むざうさ》な手振《てぶり》で、氣《き》も漫《そゞ》ろになる程《ほど》の怖《おそ》ろしさを紛《まぎ》らさうとしてゐたのだらう。
「怖《おそ》ろしいのか?」といひながら其手《そのて》に觸《ふ》れて見《み》ると、手《て》は棒《ぼう》のやうに硬《こは》ばつてゐたが、當人《たうにん》は幽《かす》かに莞爾《にツこ》としたばかりで、何《なん》とも言《い》はなかつた。いや、寧《むし》ろ口元《くちもと》で微笑《びせふ》の眞似《まね》をしたばかりで、眼《め》には唯《たゞ》初々《うひ〳〵》しさ、怖《おそ》ろしさが光《ひか》るのみ、其外《そのほか》には何《なに》も無《な》かつた。
「怖《おそ》ろしいのか?」と私《わたし》は又《また》優《やさ》しく言《い》つて見《み》た。
志願兵《しぐわんへい》が何《なに》か言《い》はうとして口元《くちもと》を動《うご》かした時《とき》、不思議《ふしぎ》な、奇怪《きくわい》な、何《なん》とも合點《がてん》の行《ゆ》かぬ事《こと》が起《おこ》つた。右《みぎ》の頰《ほう》へふわりと生溫《なまぬる》い風《かぜ》が吹付《ふきつ》けて、私《わたし》はガクッとなつた――唯《たゞ》其丈《それだけ》だつたが、眼前《がんぜん》には今迄《いままで》蒼褪《あをざ》めた面《かほ》の在《あ》つた處《ところ》に、何《なん》だかプツリと丈《たけ》の蹙《つま》つた、眞紅《まつか》な物《もの》が見《み》えて、其處《そこ》から鮮血《せんけつ》が栓《せん》を拔《ぬ》いた壜《びん》の口《くち》からでも出《で》るやうに、ドク〳〵と流《なが》れてゐる所《ところ》は、拙《まづ》い繪看板《ゑかんばん》に能《よ》く有《あ》る圖《づ》だ。で、そのプツリと切《き》れた眞紅《まつか》な物《もの》から血《ち》がドク〳〵と流《なが》れる處《ところ》に、齒《は》の無《な》い顏《かほ》でニタリと笑《わら》つて赤《あか》い笑《わらひ》の名殘《なごり》が見《み》える。
これには見覺《みおぼ》えがある。之《これ》を尋《たづ》ねて漸《やうや》く尋《たづ》ね當《あ》てたのだ。其處《そこ》らの手《て》が捥《も》げ、足《あし》が千切《ちぎ》れ、微塵《みぢん》になつた、奇怪《きくわい》な人體《じんたい》の上《うへ》に浮《う》いて見《み》える物《もの》を何《なに》かと思《おも》つたら、是《これ》だつた、赤《あか》い笑《わらひ》だつた。空《そら》にも其《それ》が見《み》える。太陽《たいやう》にも見《み》える。今《いま》に此《この》赤《あか》い笑《わらひ》が地球全體《ちきうぜんたい》に擴《ひろ》がるだらう。
皆《みな》もう平氣《へいき》で瞭然《はつきり》と狂人《きちがひ》のやうに…
(斷篇第三)
…物狂《ものくる》ほしさと怖《おそ》ろしさとだ。
風聞《ふうぶん》に據《よ》ると、敵《てき》にも味方《みかた》にも精神病《せいしんびやう》の患者《くわんじや》は夥《おびたゞ》しいものだと云《い》ふ。我軍《わがぐん》でも精神病舎《せいしんびやうしや》が四棟《よむね》出來《でき》た。參謀部《さんぼうぶ》へ行《い》つた時《とき》、副官《ふくゝわん》が見《み》せて呉《く》れたが…
(斷篇第四)
…蛇《へび》のやうに絡《から》み付《つ》く。現《げん》に其《その》友人《いうじん》が見《み》て來《き》ての話《はなし》に、鐵條網《てつでうもう》の一|端《たん》がプツリと切《き》れて、ピンと跳返《はねかへ》つて、クル〳〵と兵《へい》三|人《にん》に絡《から》み付《つ》いた。齒《は》が軍服《ぐんぷく》を突拔《つきぬ》いて肉《にく》に喰込《くひこ》むから、兵《へい》は悲鳴《ひめい》を揚《あ》げて、狂氣《きやうき》の如《ごと》く轉《ころ》げ廻《まは》つてゐる中《うち》に、一人《ひとり》は死《し》んで了《しま》つたが、其《その》死骸《しがい》を跡《あと》の二人《ふたり》が引摺《ひきず》つて轉《ころ》げ廻《まは》る。やがて生《い》きてゐるのは一人《ひとり》となる。生殘《いきのこ》つたのが、二人《ふたり》の死骸《しがい》を突離《つきはな》さうとするけれど、死骸《しがい》は附纏《つきまと》つて來《き》て、一|緒《しよ》に轉《ころ》がり、三人|《にん》の體《からだ》が上《うへ》になり下《した》になりしてゐる中《うち》に、ふと一|度《ど》にパタリと動《うご》かなくなつて了《しま》つたさうだ。
友《とも》の話《はなし》だと、此《この》鐵條網《てつでうもう》一《ひと》つで二千からの戰死者《せんししや》を出《だ》したと云《い》ふ。皆《みな》鐵條網《てつでうもう》を截《き》らうとして、蛇《へび》に卷付《まきつ》かれたやうに、進退《しんたい》の自由《じいう》を失《うしな》つてゐる處《ところ》を、大小《だいせう》の彈丸《だんぐわん》を雨《あめ》の如《ごと》く間斷《かんだん》なく浴《あび》せ蒐《か》けられたのだ。怖《おそ》ろしいとも何《なん》とも云樣《いひやう》がない。若《も》し逃《に》げる方角《はうがく》が分《わか》つてゐたら、臆病風《おくびやうかぜ》に吹卷《ふきまく》られて此時《このとき》の攻擊《こうげき》は總崩《そうくづ》れになつたらうが、何《なに》しろ十重二十重《とへはたへ》鐵條網《てつでうもう》を張渡《はりわた》してある。必死《ひつし》になつて其《それ》を破《やぶ》ると、今度《こんど》は底《そこ》に杭《くひ》を打込《うちこ》んだ狼穽《らうせい》が幾《いく》つとなく掘《ほ》つてあつて、是《これ》が又《また》迷宮同樣《めいきうどうやう》とあるから、皆《みな》度《ど》を失《うしな》つて了《しま》つて、逃《に》げる方角《はうがく》が附《つ》かなかつたのだと云《い》ふ。
或者《あるもの》は全《まつた》く盲目《めくら》のやうになつて、漏斗形《じやうごがた》した深《ふか》い坑《あな》に踏《ふ》ん込《ご》み、尖《とが》つた杭《くひ》の先《さき》に芋刺《いもざし》になつて、虚空《こくう》を掴むで藻搔《もが》く。宛然《さながら》玩具《おもちや》の道化人形《どうけにんぎやう》が踊《をど》るやうだ。其上《そのうへ》へ又《また》來《き》ては突刺《つゝさゝ》るから、まだ溫味《ぬくみ》のある、或《あるひ》は冷《ひ》え切《き》つた、血塗《ちみどろ》の體《からだ》がうよ〳〵と盛上《もりあが》つて、直《ぢ》き坑《あな》一|杯《ぱい》になつて了《しま》ふ。其處《そこ》にも此處《こゝ》にも腕《うで》が如龜々々《によき〳〵》と突出《つきで》てゐて、痙攣《けいれん》を起《おこ》してヒク〳〵してゐる指先《ゆびさき》で何《なん》にでもしがみ付《つ》く。一|度《ど》陷《おち》たら、最《も》う出《で》られない。剛《こは》ばつて蟹《かに》の鋏《はさみ》のやうになつた數百《すひやく》の指《ゆび》が、無性《むしやう》に足《あし》を引掴《ひつゝか》み、服《ふく》を引掴《ひつつか》み、己《おの》が上《うへ》へと引倒《ひきたふ》して置《お》いて、眼肉《がんにく》を抉《ゑぐ》り、首《くび》を締《しめ》る。が、大抵《たいてい》は酒《さけ》にでも醉《よ》つてゐるやうに、正面《まとも》に鐵條網《てつでうもう》を目蒐《めが》けて駆出《かけだ》し、引掛《ひつかゝ》つて喚《わめ》き叫《さけ》んでゐる中《うち》に、彈丸《たま》に中《あた》つて往生《わうじやう》して了《しま》ふ。
さうはいふものゝ、醉漢《ゑひどれ》のやうになるのは一|般《ぱん》の事《こと》で、鐵條網《てつでうもう》に手《て》や足《あし》を絡《から》められゝば、誰《だれ》でも大《おほい》に罵《のゝし》つたり、或《あるひ》は笑《わら》つたりする。而《さう》して其儘《そのまゝ》死《し》んで了《しま》ふ。この話《はなし》をした男《をとこ》も、朝《あさ》から飲《の》まず食《く》はずでゐたのださうだが、不思議《ふしぎ》な氣持《きもち》で、怖《おそ》ろしい怖《おそ》ろしいで目《め》が眩《くら》む最中《さなか》に、一寸《ちよつと》の間《ま》無性《むしやう》に愉快《ゆくわい》になる――怖《おそ》ろしいのが愉快《ゆくわい》なのだ。誰《だれ》だか隣《とな》りで歌《うた》を唄《うた》ひ出《だ》したから、一|緒《しよ》になつて唄《うた》つてゐると、頓《やが》て其處《そこ》らの者《もの》が皆仲間《みなゝかま》へ入《はい》つて立派《りつぱ》な合唱《がつしやう》になる。拍子《ひやうし》が中々《なか〳〵》好《よ》く揃《そろ》ふ。何《なに》を唄《うた》つたか、覺《おぼ》えがないが、何《なん》でもかう愉快《ゆくわい》な舞踏歌《ぶたううた》のやうな物《もの》だつたと云《い》ふ。で、唄《うた》つてゐると、其處《そこ》らが血塗《ちみどろ》に眞紅《まつか》になる。空《そら》まで眞紅《まつか》に見《み》えて、天地間《てんちかん》に何《なに》か一|大變異《だいへんい》、奇怪《きくわい》な變化《へんくわ》が起《おこ》つたやうな氣勢《けはひ》で、物《もの》の綾色《あいろ》も分《わか》らなくなる。水色靑《みづいろあを》などゝいふ穩《おだや》かな目《め》に慣《な》れた色《いろ》は消《き》えて了《しま》つて、太陽《たいやう》が眞紅《まつか》にベンガラ色《いろ》に炎《も》える。
「赤《あか》い笑《わらひ》だ」
と私《わたし》は言《い》つたが、相手《あひて》は其意味《そのいみ》が了解《のみこめ》んで、
「さう、笑《わら》ひもした。今話《いまはな》した通《とほ》りだ。宛然《まるで》皆酒《みンなさけ》に醉《よ》つてるやうだつた。いや、舞踏《ぶたう》も行《や》つたらう。何《なん》でも何《なに》か行《や》つた。少《すくな》くも其《その》三|人《にん》の兵《へい》の藻搔《もが》く所《ところ》は、宛然《まるで》舞踏《ぶたう》のやうだつた。」
今《いま》でも判然《はつきり》覺《おぼ》えてゐるさうだが、此男《このをとこ》が胸《むね》に貫通創《くわんつうさう》を受《う》けて倒《たふ》れてからも、失神《しつしん》する迄《まで》は、舞踏《ぶたう》で誰《だれ》かと足拍子《あしびやうし》を揃《そろ》へるやうに、足《あし》をピク〳〵と行《や》つてたさうだ。今《いま》となつて此日《このひ》の攻擊《こうげき》を憶出《おもひだ》すと妙《めう》な氣持《きもち》がして、怖《おそ》ろしい事《こと》は怖《おそ》ろしいが、最《も》う一|遍《ぺん》彼樣《あん》な思《おもひ》をして見《み》たいやうな氣《き》もすると云《い》ふ。
「而《さう》して又《また》胸《むね》へ一|發《ぱつ》喰《く》ひたいのか?」
と私《わたし》がいふと、
「馬鹿《ばか》言《い》へ! 出《で》る度《たび》に彈丸《たま》を喰《く》ふとは極《きま》つとりやせん。そんな事《こと》いふけど、君《きみ》、目覺《めざま》しい働《はたら》きをしてさ、勲章《くんしやう》貰《もら》ふのも惡《わる》くないぞ。」
さういふ其身《そのみ》は鼻《はな》が尖《とが》つて、顴骨《くわんこつ》が出《で》て、眼《め》が凹《くぼ》むで、黄《きい》ろい顏《かほ》をして仰向《あふむ》きに臥《ね》て、てもなく死人《しにん》だのに、まだ勲章《くんしやう》を夢《ゆめ》に見《み》てゐるのだ。もう化膿《くわのう》し出《だ》して、甚《ひど》い熱《ねつ》で、三日《みツか》經《た》てば穴《あな》の中《なか》へ轉《ころ》がし込《こ》まれて、死人《しにん》の仲間《なかま》へ入《はい》らなければなるまいに、臥《ね》ながら目《め》を開《あ》いて夢《ゆめ》を見《み》て、莞爾々々《にこ〳〵》して、勲章《くんしやう》の噂《うはさ》をしてゐるのだ。
「それは然《さ》うと、阿母《おツか》さんの所《とこ》へ電報《でんぽう》打《う》つたか?」
と私《わたし》は聞《き》いて見《み》た。
すると、ハッとした樣子《やうす》で、險《けは》しい眼色《めつき》で忌々《いま〳〵》しさうに私《わたし》の面《かほ》を眺《なが》めたなり、相手《あひて》は默《だま》つて了《しま》つたから、私《わたし》も默《だま》つてゐた。負傷者《ふしやうしや》が呻《うめ》いたり、譫言《うはごと》いつたりするのが耳《みゝ》に附《つ》く。軈《やが》て私《わたし》が起上《たちあが》つて出《で》て行《ゆ》かうとすると、友《とも》は熱《ねつ》は有《あ》つても未《ま》だ力《ちから》の脫《ぬ》けぬ手《て》で、緊《しツか》り私《わたし》の手《て》を握《にぎ》つて、肉《にく》の落《お》ちた炎《も》えるやうな眼《め》で、悲《かな》しさうに凝《ぢツ》と私《わたし》の面《かほ》を視詰《みつ》めて、如何《いか》にも途方《とはう》に暮《く》れたといふ體《てい》で、
「君《きみ》一|體《たい》如何《どう》したつて云《い》ふンだらう? え、君《きみ》?如何《どう》したツて云《い》ふンだらう?」と恟々《おど〳〵》しながら手《て》を引張《ひツぱ》つて、切《しき》りに答《こたへ》を逼《せま》る。
「何《なに》が?」
「何《なに》がつて、一|體《たい》…今度《こんど》の戰爭《せんさう》さ。母《はゝ》は僕《ぼく》の歸《かへ》るのを待《ま》つてるのだ。待《ま》つてたつて、君《きみ》、如何《どう》なるもんか…國家《こくか》の爲《ため》――其樣《そん》な事《こと》は母《はゝ》にや分《わか》りやせずさ。」
「赤《あか》い笑《わらひ》だ。」
「また! 君《きみ》は串戯《じやうだん》ばかり言《い》つてるけれど、僕《ぼく》は眞面目《しんめんもく》だよ。如何《どう》にかして納得《なつとく》させたいけれど、納得《なつとく》させやうがない。まあ、君《きみ》、如何《どん》な事《こと》を言《い》つて寄越《よこ》すと思《おも》ふ? そりや、實《じつ》に氣《き》の毒《どく》だ。手紙《てがみ》の文句迄《もんくまで》白髮《しらが》だ。しかし、君《きみ》も」、と珍《めづ》しさうに人《ひと》の頭《あたま》を眺《なが》めて、指差《ゆびさし》をして、急《きふ》に笑《わら》ひ出《だ》した。
「君《きみ》も禿《は》げ出《だ》したなあ! 知《し》つてるか?」
「鏡《かゞみ》が無《な》いもの。」
「いや、しかし、白髮《しらが》になる奴《やつ》や禿《はげ》になる奴《やつ》が大分《だいぶ》有《あ》るぞ。おい、鏡《かゞみ》を貸《か》して呉《く》れ、鏡《かゞみ》を! あゝ、僕《ぼく》も何《なん》だか白髮《しらが》が生《は》えて來《き》さうでならん。鏡《かゞみ》を貸《か》して呉《く》れ。」
譫語《うはごと》を言出《いひだ》して、泣《な》いたり笑《わら》つたりする。私《わたし》は病舎《びやうしや》を出《で》て了《しま》つた。
其《その》夕方《ゆふがた》園遊會《ゑんいうくわい》が開《ひら》かれた。不思議《ふしぎ》な侘《わび》しい園遊會《ゑんいうくわい》で、來會者《らいくわいしや》の中《うち》には死人《しにん》の影《かげ》も交《まじ》つてゐた。國《くに》でのピクニックの時《とき》のやうに、夕方《ゆふがた》集《あつ》まつて茶《ちや》を喫《の》む筈《はず》だつたので、湯沸《ゆわかし》の工面《くめん》をして、レモンやコップまで用意《ようい》して、矢張《やツぱり》ピクニックの時《とき》のやうに、トある木《き》の下《した》を會塲《くわいぢやう》と極《き》めた。で、一人《ひとり》づゝ、又《また》は二人《ふたり》三|人《にん》連立《つれだ》つて、常談《じやうだん》など言合《いひあ》つて話《はな》しながら、皆《みな》樂《たの》しみにして浮浮《うき〳〵》と賑《にぎや》かに寄《よ》つて來《き》たが、來《く》ると直《ぢ》きに默《だま》つて了《しま》つて、成《な》るべく顏《かほ》を見合《みあ》はせないやうにする。かうして生殘《いきのこ》つた者《もの》ばかり寄《よ》つて見《み》ると、何《なん》となく無氣味《ぶきび》だ。皆《みな》見《み》るも淺《あさ》ましい薄汚《うすきた》ない服装《なり》をして、惡性《あくせい》の疥癬《かいせん》でも病《や》むでゐるやうに、身體中《からだぢう》をぼり〳〵搔《か》く。髮《かみ》も髯《ひげ》も延次第《のびしだい》で、窶《やつ》れ切《き》つて、見慣《みな》れた昔《むかし》の姿《すがた》はないから、湯沸《ゆわかし》を中《なか》に、顏《かほ》を合《あは》せて見《み》ると、初《はじ》めて逢《あ》つたやうな氣持《きもち》がして、愕然《はツ》とする。度《ど》を失《うしな》つてうろ〳〵する此《この》人々《ひと〴〵》の中《うち》に、馴染《なじみ》の面《かほ》はないかと尋《たづ》ねて見《み》たが、一人《ひとり》も無《な》かつた。わく〳〵として落着《おちつき》がなく、起居《たちゐ》も荒《あら》く稜《かど》が有《あ》つて、一寸《ちよツと》した音《おと》にも恟《びく》りとし、絕《た》えず後《うしろ》を見《み》ては何《なに》かに氣《き》を附《つ》け、何處《どこ》かポカンと、不思議《ふしぎ》な穴《あな》が明《あ》く、その穴《あな》を覗《のぞ》いて視《み》るも無氣味《ぶきみ》なので、烈《はげ》しい手眞似《てまね》で之《これ》を塞《ふさ》がうとするなど、如何《どう》しても見《み》も知《し》らぬ餘所《よそ》の人《ひと》で、馴染《なじみ》がない。聲《こゑ》までが異《かは》つてゐる。激《はげ》しく、稜立《かどだ》つて、えいやつと物《もの》を言《い》ふそれが、動《やゝ》もすれば聲高《こはだか》になつたり、埒《らち》もない高笑《たかわらひ》になつて、制《と》めやうにも制《と》められぬ、といつた調子《てうし》。異《かは》つてゐるのは其《それ》ばかりでなく、木《き》にも馴染《なじみ》がなく、入日《いりひ》にも馴染《なじみ》がなく、水《みづ》も異臭異味《いしういみ》を帯《お》びた變《かは》つた水《みづ》で、宛然《さながら》死人《しにん》と一|緒《しよ》に人《ひと》の世《よ》を去《さ》つて、何處《どこ》か別世界《べつせかい》へでも來《き》たやうに、眼《め》に見《み》える物《もの》が皆《みな》神秘《しんぴ》で、怖《おそ》ろし氣《げ》な影《かげ》のやうな物《もの》が朦朧《もうらう》と其處《そこ》らに滿《み》ちてゐる。入日《いりひ》の影《かげ》は黄《き》ばむで冷《つめ》たく、何處《どこ》に明味《あかるみ》もない眞黑《まつくろ》な雨雲《あまぐも》が、凝《こ》つたやうに、重《おも》たさうに、其上《そのうへ》から覆《かぶ》さつて、下《した》には大地《だいち》が黑々《くろ〴〵》と、人《ひと》の面《かほ》も尋常《たゞ》ならぬ光《ひかり》を受《う》けて黄《きい》ろく死人色《しびといろ》に見《み》える。皆《みな》湯沸《ゆわかし》を見《み》てゐたが、湯沸《ゆわかし》の火《ひ》は消《き》えて、腹《はら》には黄《きい》ろく凄《すご》い入日《いりひ》の光《ひかり》を反射《はんしや》し、陰々《いん〳〵》として此世《このよ》の物《もの》ではないらしく、何《なん》だか本體《ほんたい》の分《わか》らぬ、奇怪《きくわい》な湯沸《ゆわかし》であつた。
「此處《こゝ》は何處《どこ》だ?」と誰《だれ》だか言《い》つたが、恟々《おど〳〵》した恐怖《きやうふ》に滿《み》ちた聲《こゑ》だつた。誰《だれ》だか溜息《ためいき》をした。と、わく〳〵して指《ゆび》の骨《ほね》を鳴《な》らす者《もの》がある、笑《わら》ひ出《だ》す者《もの》がある、躍《をど》り上《あが》つてテーブルの周圍《まはり》を急遽《せか〳〵》と廻《まは》り出《だ》す者《もの》もあつたが、此頃《このごろ》は能《よ》く斯《か》うして急遽《せか〳〵》と殆《ほとん》ど駆《か》け出《だ》さぬばかりに歩《ある》き廻《まは》る人《ひと》を見掛《みか》ける。而《さう》して皆《みな》妙《めう》に默《だま》つてゐる、物《もの》を言《い》つても口《くち》の中《うち》で沸々《ぶつ〳〵》言《い》うばかりだ。
「戰地《せんち》さ」、と高笑《たかわらひ》してゐたのが答《こた》へて、更《さら》に又《また》笑《わら》ひ出《だ》したが、冴《さ》えぬ聲《こえ》で、うふ〳〵と秩序《だらし》なく笑《わら》ふ所《ところ》は、何《なに》かゞ咽喉《のど》に塞《つま》つたやうだ。
「何《なに》が可笑《をか》しいンだ?」と、誰《だれ》だつたか、向腹《むかはら》を立《た》てゝ、「こら、止《よ》さんか!」
すると、笑《わら》つてゐたのが又《また》更《さら》に咽喉《のど》に物《もの》が塞《つま》つたやうに、フゝと笑《わら》つて、而《さう》して大人《おとな》しく默《だま》つて了《しま》つた。段々《だん〴〵》に薄暗《うすぐら》くなつて來《き》て、雨雲《あまぐも》は地《ち》を壓《あつ》し、黄《きい》ろく透徹《すきとほ》るやうな互《たがひ》の面《かほ》も辛《やツ》と見分《みわけ》られる程《ほど》になつた。誰《だれ》だつたか、
「トキニ「大長靴《おほながぐつ》」は何處《どこ》へ行《い》つたらう?」
「大長靴《おほながぐつ》」と渾名《あだな》を呼《よ》ばれたのは、小造《こづく》りの癖《くせ》に、大《おほ》きな水浸《みづし》まずの長靴《ながぐつ》を穿《は》いてゐる士官《しくわん》だつた。
「只《たツ》た今《いま》此處《こゝ》に居《ゐ》たツけが…大長靴《おほながぐつ》、何處《どこ》に居《ゐ》る?」
皆《みな》笑《わら》ひ出《だ》した。その笑聲《わらひごゑ》がまだ止《や》まぬ中《うち》に、暗黑《くらやみ》から憤《おこ》つたやうな尖《とが》り聲《ごゑ》で、
「止《よ》せ! 馬鹿《ばか》な! 大長靴《おほながぐつ》は今朝《けさ》偵察《ていさつ》に出《で》て討《や》られたのを知《し》らんか?」
「そんな筈《はず》はない。只《たツ》た今《いま》此處《こゝ》に居《ゐ》たンだもの。」
「そんな氣《き》がしたンだ。おい、湯沸《ゆわかし》の側《そば》の先生《せんせい》、レモンを一《ひと》つ切《き》つて呉《く》れんか。」
「僕《ぼく》にも! 僕《ぼく》にも!」
「レモンは悉《みな》になつた。」
「そりや不都合《ふつがふ》だ」、と忌々《いま〳〵》しさうに、情《なさ》けなさゝうに、殆《ほとん》ど泣《な》かぬばかりに、小聲《こごゑ》に言《い》つて、「レモンを樂《たの》しみにして來《き》たンだのに。」
例《れい》のが又《また》冴《さ》えぬ聲《こゑ》で締《しま》りなく笑《わら》ひ出《だ》したが、もう誰《だれ》も止《と》める者《もの》もなかつた。が、直《ぢ》きに笑《わら》ひ止《や》んで、更《さら》に又《また》フゝと笑《わら》つて――と、默《だま》ると、誰《だれ》だつたか、
「明日《あす》は攻擊《こうげき》か。」
すると、幾人《いくたり》かの聲《こゑ》で、忌々《いま〳〵》しさうに叱《しか》り付《つ》けた、
「止《よ》せ、そんな話《はなし》は! 攻擊《こうげき》も糞《くそ》も有《あ》るもんか!」
「だつて君逹《きみたち》だつて知《し》らん事《こと》はあるまい…」
「止《よ》せツてツたら、止《よ》せ! 他《ほか》に話《はなし》が無《な》いぢや有《あ》るまいし。何《なん》だ、そんな事《こと》!」
入日《いりひ》の影《かげ》は消《き》えた。雨雲《あまぐも》も浮《う》き上《あが》つて、何處《どこ》となく明《あか》るくなり、人《ひと》の面《かほ》も皆《みな》見覺《みおぼ》えのある面《かほ》になつた。今迄《いまゝで》周圍《まはり》をグル〳〵廻《まは》つて居《ゐ》た男《をとこ》も落着《おちつ》いて、其處《そこ》の椅子《いす》へ腰《こし》を卸《おろ》して、
「今《いま》ごろ國《くに》ぢや如何《どん》なだらう?」
誰《だれ》に言《い》ふともなく言《い》つたのだが、其聲《そのこゑ》に何《なに》か面目《めんぼく》なさゝうに微笑《につこり》した響《ひゞき》があつた。
と、又《また》薄氣味惡《うすきみわる》く合點《がてん》の行《ゆ》かぬ光景《くわうけい》になつて、其處《そこ》らの物《もの》が悉《こと〴〵》く變《へん》に見《み》えるから、皆《みな》堪《たま》らなく夢中《むちう》になつて、一|度《ど》にコツプを推除《おしの》け、互《たがひ》の肩《かた》、腕《うで》、膝《ひざ》に觸《さは》り合《あ》つて、饒舌《しやべ》り出《だ》し、喚《わめ》き初《はじ》め、暫《しばら》く紛紛《ごたごた》してゐたが、ふと又《また》口《くち》を噤《つぐ》むで了《しま》つた。變《へん》な光景《やうす》は矢張《やツぱり》變《へん》でならぬ。
「國《くに》ぢやア?」と誰《だれ》だか暗黑《くらやみ》から喚《わめ》いた。國《くに》の噂《うはさ》が始《はじ》まると、ハツトして、忌々《いま〳〵》しくもなるし、胸《むね》もわく〳〵するので、聲《こゑ》までが皺嗄《しやが》れた顫《ふる》へ聲《ごゑ》になる。で、饒舌《しやべ》り出《だ》したが、時々《とき〴〵》言葉《ことば》に差支《さしつか》へる。もう國言葉《くにことば》も忘《わす》れてゐるやうで。「國《くに》ぢやア?國《くに》とは何《なん》だ? 國《くに》が何處《どこ》かに有《あ》るのか? 人《ひと》の物《もの》を言《い》つてる中《うち》に口《くち》を出《だ》すな。出《だ》すと、打發《ぶツぱな》すぞ。僕《ぼく》だつて、國《くに》に居《ゐ》る時分《じぶん》にや、毎日《まいにち》湯《ゆ》を沐《つか》つたもんだ――宜《よろ》しいか、湯槽《ゆぶね》に湯《ゆ》を入《い》れて――湯《ゆ》を一|杯《ぱい》入《い》れて沐《つか》つたもんだ。ところが今《いま》ぢや毎日《まいにち》は身體《からだ》も拭《ふ》かんから、頭《あたま》に雲脂《ふけ》が溜《たま》る。雲脂《ふけ》が溜《たま》つて、結痂《かさぶた》のやうな物《もの》が出來《でき》て、身體中《からだぢう》何《なん》だか這《は》ふやうで、むづ痒《がゆ》くツて〳〵…僕《ぼか》あ垢《あか》で氣狂《きちが》ひになりさうだ。それだのに君《きみ》は國《くに》の噂《うはさ》を始《はじ》めたな? 僕《ぼく》はもう畜生《ちくしやう》だ、自分《じぶん》ながら愛想《あいそ》が盡《つ》きる、自分《じぶん》とは思《おも》へん位《くらゐ》だ。人間《にんげん》も斯《か》うなると、もう死《し》ぬのも其樣《そん》なに惧《おそ》ろしくなくなる。それに君逹《きみたち》が擊出《うちだ》す榴霰弾《りうさんだん》で頭《あたま》が割《わ》れさうになるンだ、――頭《あたま》が。何處《どこ》へ向《む》けて擊《う》つたつて、皆《みんな》僕《ぼく》の頭《あたま》に當《あた》るンだから。それだのに君《きみ》は國《くに》の噂《うはさ》を始《はじ》めたな? 國《くに》とは何《なん》だ? 矢張《やツぱり》町《まち》が有《あ》つたり、家《うち》が有《あ》つたり、人《ひと》が居《ゐ》たりするンだらう? 僕《ぼく》はもう戸外《おもて》へ出《で》るのも御免《ごめん》だ。見《み》つともない! 此處《ここ》に湯沸《ゆわかし》が有《あ》るけど、湯沸《ゆわかし》を見《み》るのも極《きま》りが惡《わる》い、――湯沸《ゆわかし》を見《み》るのも。」
例《れい》のが又《また》笑《わら》ひ出《だ》した。誰《だれ》だか大聲《おほごゑ》に、
「糞《くそ》ツ! 僕《ぼか》あ國《くに》へ歸《かへ》る。」
「國《くに》へ歸《かへ》る?」
「君《きみ》は軍人《ぐんじん》の本分《ほんぶん》を忘《わす》れたな? …」
「國《くに》へ歸《かへ》る? おい〳〵、此處《こゝ》に國《くに》へ歸《かへ》りたい者《もの》が一人《ひとり》出來《でき》たぞ。」
皆《みな》ドット笑《わら》つた。不氣味《ぶきび》な叫聲《さけびごゑ》も聞《きこ》えたが――又《また》皆《みな》口《くち》を噤《つぐ》むで了《しま》つた。矢張《やツぱり》變《へん》でならない。私《わたし》ばかりぢやない、幾人《いくたり》居《ゐ》たか知《し》らないが、其塲《そのば》に居合《ゐあは》した者《もの》が皆《みな》さう感《かん》じた。その變《へん》な氣勢《けはひ》が、薄暗《うすぐら》い奇怪《きくわい》な野《の》から逼《せま》つて來《く》る、岩《いは》の挟間《はざま》に置忘《おきわす》られて、死《し》に瀕《ひん》した者《もの》が有《あ》るかも知《し》れぬ、陰々《いん〳〵》と眞黑《まつくろ》な谷間《たにま》からも立騰《たちのぼ》る、見《み》も及《およ》ばぬ怪《あや》しの空《そら》からも降《お》りる。皆《みな》惧《おそ》ろしさに生《い》きた空《そら》はなく、默《だま》つて火《ひ》の消《き》えた湯沸《ゆわかし》を圍《かこ》むで立《た》つてゐたが、頭《あたま》の上《うへ》には漫々《まん〳〵》と邊際《へんさい》もない黑《くろ》い影《かげ》が此世《このよ》を壓《あツ》して、慘《さん》として音《おと》もせぬ。と、忽《たちま》ち、ツイ間近《まぢか》の、多分《たぶん》は聯隊長《れんたいちやう》の宿舎《しゆくしや》あたりと思《おも》はれる處《ところ》で、軍樂《ぐんがく》の彈奏《だんそう》が始《はじ》まつて、無性《むしやう》に浮《う》いた高調子《たかてうし》の物《もの》の音色《ねいろ》が夜《よる》の寂寞《せきばく》を破《やぶ》つて、火花《ひばな》のやうにパツと起《おこ》る。餘《あま》り高過《たかす》ぎ、餘《あま》り愉快過《ゆくわいす》ぎる程《ほど》の急《きふ》な亂調子《らんてうし》で、無性《むしやう》に競《きそ》ひ立《た》つて浮《う》かれてゐる。大方《おほかた》彈奏者《だんそうしや》にも聽手《きゝて》にも、矢張《やツぱり》吾々《われ〳〵》同樣《どうやう》に、漫々《まん〳〵》と邊際《へんさい》もない黑《くろ》い影《かげ》の此世《このよ》を壓《あつ》するのが見《み》えるのだらう。
そのオーケストラの中《なか》で喇叭《らツぱ》を吹《ふ》いてゐる者《もの》だけは、正《まさ》しく自分《じぶん》に、自分《じぶん》の腦《なう》に、耳《みゝ》に、もうこの邊際《へんさい》もない無言《むごん》の影《かげ》を宿《やど》してゐるやうに思《おも》はれる。險《けは》しい破《やぶ》れたやうな喇叭《らツぱ》の音《おと》が、駆巡《かけめぐ》り、躍上《をどりあが》り、餘《よ》の音《おと》を離《はな》れて何處《いづく》ともなく、惧《おそ》ろしさに戰《おのゝ》き〳〵、伴《ともな》ふ物《もの》もなく獨《ひと》り狂《くる》つて行《ゆ》く。他《ほか》の樂器《がくき》の音色《ねいろ》は此《この》喇叭《らツぱ》の音《おと》を顧《かへり》みて驚《おどろ》いたやうに、蹶《つまづ》きつ、倒《たふ》れつ、起《お》きつ、しどろもどろに見《み》ともなく散《ち》つて行《ゆ》く。それが餘《あま》り高過《たかす》ぎ、餘《あま》り愉快過《ゆくわいす》ぎる程《ほど》の調子《てうし》で、これでは餘《あま》り眞闇黑《まつくらがり》の谷間《たにま》にも接近《せつきん》し過《す》ぎる、――岩《いは》の狭間《はざま》に置忘《おきわす》られて死《し》に瀕《ひん》した者《もの》が有《あ》るかも知《し》れぬのに。
私逹《わたしたち》は久《しば》らく火《ひ》の消《き》えた湯沸《ゆわかし》の周圍《まはり》に立《た》つて、默《だま》つてゐた。
(斷篇第五)
…もう眠《ねむ》つてゐたら、ドクトルが窃《そツ》と突《つゝ》いて覺《おこ》すから、私《わたし》は目《め》を覺《さま》すが否《いな》、呀《あツ》といつて跳起《はねお》きた。誰《だれ》でも覺《おこ》されると、斯《か》う聲《こゑ》を立《た》てたものだつた。で、天幕《テント》の外《そと》へ駈出《かけだ》さうとする私《わたし》の手《て》を、ドクトルは確《しか》と執《と》つて、而《そ》して謝罪《わび》をいふ。
「唐突《だしぬけ》に覺《おこ》して濟《すみ》ませんでした。お睡《ねむ》からうとは思《おも》つたが…」
「何《なに》しても五|晝夜《ちうや》になるンですもの…」と、私《わたし》は言《い》つたが、半分《はんぶん》は夢《ゆめ》で、其儘《そのまゝ》又《また》昏々《うと〳〵》となつた。久《しば》らく眠《ね》てゐたやうだつたが、ドクトルが私《わたし》の橫腹《よこはら》や足《あし》を窃《そつ》と突《つゝ》き〳〵又《また》話《はな》し出《だ》す聲《こゑ》が耳《みゝ》に入《はい》る。
「しかし止《や》むを得《え》んので。貴方《あなた》もお辛《つら》からうが、實際《じつさい》止《や》むを得《え》んので。どうも私《わたし》にや……安閑《あんかん》として居《を》れん。どうも私《わたし》にやまだ負傷者《ふしやうしや》が取殘《とりのこ》してあるやうに思《おも》はれて…」
「負傷者《ふしやうしや》とは? 今日《けふ》一|日《ンち》收容《しうよう》してゐたぢやないですか? 私《わたし》を覺《おこ》さんだツて好《よ》さゝうなものだ。餘《あんま》り酷《ひど》い! 私《わたし》は五|晝夜《ちうや》も眠《ね》なかつたのだ。」
「まあ、然《さ》う憤《おこ》つたものでない」、とドクトルは口《くち》の中《うち》で言《い》つて、無器用《ぶきよう》な手附《てつき》で私《わたし》の頭《あたま》へ帽《ばう》を冠《かぶ》せてから、「皆《みんな》寐《ね》込《こ》んで了《しま》つてゝ、幾《いく》ら覺《おこ》しても、起《お》きんのですもの。機關車《きくわんしや》の車輛《しやりやう》が七|臺《だい》用意《ようい》してあるのだが、乗《の》つて行手《ゆきて》がない。そりや私《わたし》も察《さつ》しる…が、何卒《どうぞ》、まあ、行《い》つて下《くだ》さい。皆《みんな》寐《ね》込《こ》んで了《しま》つてゝ、如何《どう》しても行《い》かうと言《い》はん。私《わたし》だってコクリとなりさうで仕方《しかた》がないのだ。何日《いつ》寢《ね》たつけか、もう覺《おぼ》えがない位《くらゐ》のもので、そろ〳〵幻覺《げんかく》が始《はじ》まりさうな氣《き》がする。まあ、寢臺《ねだい》をお降《お》りなさい、片《かた》一|方《ぱう》の足《あし》から。そう〳〵…」
ドクトルは蒼褪《あをざ》めた顏《かほ》をしてふら〳〵してゐる。一寸《ちよツと》でも下《した》に居《ゐ》たら、其儘《そのまゝ》何《なん》晝夜《ちうや》も打通《ぶツとほ》しに寢《ね》かねない樣子《やうす》だ。私《わたし》も足《あし》に他愛《たあい》がない。と、鼻《はな》の先《さき》に眞黑《まつくろ》な物《もの》が一|列《れつ》見《み》える。それが餘《あま》り突然《とつぜん》で、意外《いぐわい》で、地《ち》から湧《わ》いたやうだつたから、何《なん》でも歩《ある》きながら昏々《うと〳〵》してゐたに違《ちが》ひないが、その眞黑《まつくろ》な物《もの》は汽車《きしや》だつた。暗《くら》くて能《よ》くは見《み》えなかつたが、其《その》側《そば》をノソリ〳〵と默《だま》つて彷徨《うろつ》いてゐる者《もの》がある。機關車《きくわんしや》にも車輛《しやりやう》にも燈火《あかり》が點《つ》いてゐなかつた。唯《たゞ》蓋《ふた》をした火口《ほぐち》から朦朧《ぼんやり》した火影《ほかげ》が薄赤《うすあか》く線路《せんろ》へ落《お》ちてゐたのみで。
「何《なん》ですか、これは?」と私《わたし》は逡巡《しりごみ》をした。
「汽車《きしや》で行《ゆ》くのです、汽車《きしや》で。今《いま》の話《はなし》をもう忘《わす》れましたか?」とドクトルがいふ。
寒《さむ》い晚《ばん》でドクトルは震《ふる》へてゐる。私《わたし》もそれを見《み》ると、身體中《からだぢう》を擽《くすぐ》られるやうな氣持《きもち》で、矢張《やツぱり》ガタガタ震《ふる》へる。
「酷《ひど》いなあ!私《わたし》を見立《みた》つて連《つ》れて行《ゆ》くのは酷《ひど》い」、と私《わたし》は大聲《おほごゑ》にいふと、
「靜《しづ》かに、靜《しづ》かに」、とドクトルは私《わたし》の腕《うで》を抑《おさ》へた。
誰《だれ》だか暗黑《くらやみ》から、
「此《この》鹽梅《あんばい》ぢや有《あり》ツ丈《たけ》の砲《はう》で一|齋《せい》射擊《しやげき》をやつたつて、皆《みんな》ビクともしないな。敵《てき》も矢張《やツぱり》寢込《ねこ》んでゐるだらうて。今《いま》なら側《そば》へ行《い》つて片端《かたツぱし》から引括《ひツくゝ》れる。己《おれ》は今《いま》哨兵《せうへい》の側《そば》を通《とほ》つて來《き》たのだが、先生《せんせい》一寸《ちよツと》人《ひと》の面《かほ》を見《み》たばかりで、何《なん》とも言《い》はん。凝然《ぢツ》としてゐた。屹度《きツと》矢張《やツぱり》眠《ね》てゐたんだらう。能《よ》くつんのめらないで居《ゐ》たものさ。」
と斯《か》う言《い》つて欠《あく》びをした。で、さら〳〵と服《ふく》の擦《す》れる音《おと》のしたのは、大方《おほかた》伸《のび》をしたのだらう。私《わたし》は車輛《しやりやう》へ攀《よ》ぢ登《のぼ》らうとして胸《むね》を其《その》端《はし》に掛《か》けると――忽《たちま》ち夢《ゆめ》に入《い》つて了《しま》つた。誰《だれ》だか後《うしろ》から持上《もちや》げるやうにして載《の》せて吳《く》れたが、私《わたし》は其《その》人《ひと》を蹴飛《けと》ばして、又《また》寐《ね》こけた。と、夢《ゆめ》の中《うち》にこんな話《はなし》が斷續《とぎれ〳〵》に聞《きこ》える。
「六ウエルスト行《い》つてからだ。」
「忘《わす》れたのかランプを?」
「いや、彼奴《あいつ》は行《い》くまい。」
「此處《こゝ》へ寄越《よこ》せ。少《すこ》し後《あと》へ退却《すさ》らせた。さうだ。」
汽車《きしや》が居去《ゐざ》る、何《なに》かガタ〳〵と鳴《な》る。安樂《あんらく》に橫《よこ》になつて斯《か》ういふ音《おと》を聽《き》いてゐると、私《わたし》は次第《しだい》に目《め》が覺《さ》めて來《き》たが、ドクトルは反《かへツ》て寢入《ねい》つてゐる。其《その》手《て》を握《にぎ》つて見《み》ると、死人《しにん》の其《それ》のやうに頽然《ぐたり》として重《おも》たい。汽車《きしや》はもう動《うご》き出《だ》して、心持《こゝろも》ち震動《しんどう》しながら、探足《さぐりあし》で行《ゆ》くやうに、用心《ようじん》しつゝ徐々《そろり〳〵》と進《すゝ》む。看護手《かんごしゆ》の醫學生《いがくせい》がランプに火《ひ》を點《とぼ》すと、其《その》光《ひかり》に車室《しやしつ》の羽目《はめ》や戶《と》の黑《くろ》い孔《あな》が照《てら》し出《だ》された。憤々《ぷん〳〵》怒《おこ》りながら、醫學生《いがくせい》が、
「馬鹿《ばか》々々《〳〵》しい! 今《いま》時分《じぶん》行《い》つたつて仕樣《しやう》がない。貴方《あなた》、先生《せんせい》が寢込《ねこ》まない中《うち》に覺《おこ》して下《くだ》さらんか?寢込《ねこ》ん了《ぢま》つたら、もう駄目《だめ》です。僕《ぼく》も覺《おぼ》えがある。」
二人《ふたり》して搖覺《ゆりおこ》したら、ドクトルは起直《おきなほ》つて不思議《ふしぎ》さうにキヨロ〳〵して又《また》寢倒《ねこ》けやうとするのを、どツこい、然《さ》うはさせなかつた。
「今頃《いまごろ》ウオツトカを一|杯《ぱい》キユウと引懸《ひツか》けるなんぞは惡《わる》くないな」、と醫學生《いがくせい》がいふ。
で、コニヤクを一口《ひとくち》づゝ飮《の》むだら、睡氣《ねむけ》は奇麗《きれい》に去《と》れて了《しま》つた。黑々《くろ〴〵》と大《おほ》きい四|角《かく》な戶《と》が薄赤《うすあか》くなり、終《つひ》に赤々《あか〳〵》と點《てら》し出《だ》されて、小山《こやま》の向《むか》ふの空《そら》一杯《いつぱい》に火影《ほかげ》が深々《しん〳〵》と映《うつ》る。宛然《さながら》眞夜中《まよなか》に日《ひ》が出《で》たやうだ。
「あれは遠方《ゑんぱう》ですな。二十ウエルストも離《はな》れた處《ところ》だ。」
「寒《さむ》い、」といつてドクトルは齒《は》を切《くひしば》つた。
學生《がくせい》は一寸《ちよつと》戶《と》の外《そと》を覗《のぞ》いて私《わたし》を麾《まね》くから、覗《のぞ》いて見《み》たら、地平線《ちへいせん》の處々《ところ〴〵》微《ぼつ》と赤《あか》く音《おと》もさせず鎭《しづ》まり返《かへ》つてゐる兵火《へいくわ》の映《うつ》りが、其《それ》から其《それ》へと連續《れんぞく》して、宛然《さながら》數《す》十の太陽《たいやう》が一|度《ど》に出《で》るやうで、もう左程《さほど》暗《くら》くもない。遠方《ゑんぱう》の山々《やま〳〵》は黑々《くろ〴〵》と浪《なみ》のうねつたやうに起伏《きふく》して劃然《くつきり》浮出《ふきだ》し、近《ちか》くの物《もの》は皆《みな》しんめりとした寂《しづ》かな光《ひかり》を受《う》けて赤々《あか〳〵》と見《み》える。學生《がくせい》の面《かほ》を見《み》ても、矢張《やつぱ》り血《ち》に染《そま》つたやうに赤《あか》く、此世《このよ》の人《ひと》の色《いろ》でない。血《ち》が飛散《ひさん》して空氣《くうき》となり光《ひかり》となつたやうに思《おも》はれる。
「負傷者《ふしやうしや》は餘程《よつぽど》有《あ》りますか?」
と聞《き》くと、學生《がくせい》は手《て》を掉《ふ》つて、
「狂人《きちがひ》が多《おほ》いのです。負傷者《ふしやうしや》より狂人《きちがひ》の方《はう》が多《おほ》いのです。」
「本當《ほんたう》の狂人《きちがひ》が?」
「假《うそ》の狂人《きちがひ》といふのも無《な》いでせう。」
と此方《こちら》を振向《ふりむ》いた學生《がくせい》の目差《めざし》は凝然《ぢつ》と据《すわ》つて、物凄《ものすご》く、冷《つめ》たい恐怖《きやうふ》に充《み》ちて、例《れい》の日射病《につしやびやう》で殪《たふ》れた兵《へい》の目差《めざし》其儘《そのまゝ》であつた。
「好加減《いゝかげん》な事《こと》を…」と面《かほ》を反《そむ》けると、
「其樣《そん》な事《こと》言《い》つて、ドクトルも矢張《やつぱ》り狂《くる》つてますぞ。まあ、一寸《ちよつと》御覽《ごらん》。」
ドクトルには私逹《わたしたち》の話《はなし》が聞《きこ》えないやうだつた。土耳古《トルコ》人《じん》のやうに箕踞《あぐら》をかいて、ふら〳〵しながら、唇《くちびる》と指先《ゆびさき》を音《おと》もさせず顫《ふる》はせてゐる其《その》目差《めざし》は矢張《やツぱ》り凝《ぢツ》と据《すわ》り、茫然《ぼツ》と鈍《にぶ》く腑《ふ》が脫《ぬ》けたやうだつたが、
「寒《さむ》い、」といつて微笑《にツこり》した。
「貴方《あなた》がたは實《じつ》に酷《ひど》い人逹《ひとたち》だ!」と私《わたし》は大聲《おほごゑ》に言《い》つて車室《しやしつ》の隅《すみ》へ行《ゆ》き、「何《なん》だつて私《わたし》を引張《ひツぱ》り出《だ》したんです?」
誰《だれ》も何《なん》とも言《い》はなかつた。空《そら》は深々《しん〳〵》と益々《ます〳〵》赤《あか》くなつて行《ゆ》く、それを學生《がくせい》は眺《なが》めてゐる。頸窩《ぼんのくぼ》の毛《け》の縮《ちゞ》れてゐるのも若々《わか〳〵》しい。之《これ》を觀《み》てゐると、何故《なぜ》か繊細《かぼそ》い女《をんな》の手《て》が此毛《このけ》を弄《せゝ》つてゐるやうに思《おも》はれてならぬ。それが又《また》癪《しやく》に觸《さは》つて、遂《つひ》に學生《がくせい》迄《まで》が小面憎《こづらにく》くなつて來《き》て、面《かほ》を見《み》ると、胸《むね》がむかつく。
「君《きみ》は何歲《いくつ》です?」といつても返答《へんたふ》をしない。振向《ふりむ》きもしない。
ドクトルはふら〳〵しながら、
「寒《さむ》い!」
學生《がくせい》は餘所《よそ》を向《む》いたまゝで、
「僕《ぼく》は何《なん》だ、僕《ぼく》は此世《このよ》の何處《どこ》かに町《まち》や家《いへ》や大學《だいがく》が有《あ》ると思《おも》ふと…」
ぷつりと言葉《ことば》尻《じり》を切《き》つて、これで言《い》ひたい事《こと》を皆《みな》言《い》ひ盡《つく》したやうに默《だま》つて了《しま》ふ。ふと唐突《だしぬけ》に汽車《きしや》が止《とま》つたので、私《わたし》は羽目《はめ》に衝突《ぶツか》つた。がや〳〵と人聲《ひとごゑ》がする。皆《みな》急《いそ》いで外《そと》へ出《で》て見《み》た。
機關車《きくわんしや》の直《す》ぐ前《まへ》の線路《せんろ》の上《うへ》に何《なに》か橫《よこたは》つてゐる。大《たい》して大《おほ》きな物《もの》でもなかつたが、それからヌツと足《あし》が一|本《ぽん》出《で》てゐた。
「負傷者《ふしやうしや》ですか?」
「いや、戰死者《せんしゝや》です。首無《くびな》しだ。しかし、こりや如何《どう》しても前《まへ》の燈火《あかり》を點《つ》けずにや居《ゐ》られん。これぢや轢潰《ひきつぶ》す。」
足《あし》を突張《つツぱ》つた物《もの》を線路《せんろ》外《ぐわい》へ投《な》げ出《だ》したら、虛空《こくう》を踏《ふ》むで駈出《かけだ》しでもするやうに、一寸《ちよツと》宙《ちう》で踏反《ふんぞ》つて、ポンと眞暗《まツくら》な溝《みぞ》の中《なか》へ陷《はま》つて了《しま》つた。燈火《あかり》が點《つ》く――と、もう機關車《きくわんしや》が眞黑《まつくろ》に見《み》える。
「おゝい!」と誰《だれ》だか小聲《こごゑ》で如何《いか》にも氣疎《けうと》さうに呼《よ》ぶ。
今迄《いまゝで》聞《きこ》えなかつたのが不思議《ふしぎ》な位《くらゐ》だが、何處《いづく》ともなく方々《はう〴〵》に呻聲《うめきごゑ》が聞《きこ》える。高低《たかひく》のない、何《なに》かを搔《か》くやうな、幅《はゞ》のある丈《だけ》不思議《ふしぎ》に悠然《ゆツたり》した――のを通《とほ》り越《こ》して、もう如何《どう》なとなれと投《な》げ出《だ》したやうな呻聲《うめきごゑ》だ。今迄《いまゝで》隨分《ずいぶん》喚聲《わめきごゑ》や呻聲《うめきごゑ》を聞《き》いた事《こと》もあるが、此樣《こん》なのを聞《き》いた事《こと》がない。朦朧《ぼんやり》と薄紅《うすあか》い地面《ぢつら》には何《なに》も見《み》えないから、呻《うめ》くのは大地《だいぢ》か、それとも出《で》ぬ日《ひ》の光《かげ》に照《てら》された大空《おほぞら》かと怪《あや》しまれる。
「四ウェルスト來《き》た」、と機關士《きくわんし》がいふ。
「彼《あの》聲《こゑ》は向《むか》ふの方《はう》でするのだ」、とドクトルは行手《ゆくて》を指《さ》す。學生《がくせい》は愕然《ぎよツ》として徐々《そろ〳〵》此方《こちら》を向《む》き、
「何《なん》ですか彼《あの》聲《こゑ》は? いや、どうも、聽《き》いてをられん!」
「ま、行《ゆ》かう。」
で、私逹《わたしたち》は機關車《きくわんしや》の前《まへ》に立《た》つて步《ある》いて行《い》つた。銘々《めい〳〵》の影《かげ》が繫《つな》がつて長《なが》く〳〵線路《せんろ》の上《うへ》を這《は》つたが、影《かげ》は黑《くろ》くはない、薄朦朧《うすぼんやり》と赤《あか》かった。暗黑《まつくろ》な空《そら》の端《はし》に、處々《ところ〴〵》兵火《へいくわ》がしんめりと音《おと》もさせず鎭《しづ》まり返《かへ》つて見《み》える、それが映《うつ》るからだ。行程《ゆくほど》に例《れい》の物凄《ものすご》い、何《なに》が呻《うめ》くとも知《し》れぬ、奇怪《きくわい》な呻聲《うめきごゑ》が愈々《いよ〳〵》烈《はげ》しくなり勝《まさ》つて、血潮《ちしほ》に赤《あか》い空氣《くうき》が呻《うめ》くのか、乃至《ないし》天地《てんち》が呻《うめ》くのかとばかりに、薄氣味《うすきみ》がわるい。浮世《うきよ》には關繫《かけかまひ》なさそうに、奇《あや》しく、間斷《かんだん》なく呻《うめ》く聲《こゑ》を聽《き》けば、時《とき》としては野中《のなか》の螽斯《きり〴〵す》、單調《たんてう》で暑苦《あつくる》しさうに啼《な》く、夏《なつ》の野中《のなか》の螽斯《きり〴〵す》の聲《こゑ》に髣髴《はうふつ》たることもある。で、段々《だん〴〵》死骸《しがい》が澤山《たくさん》になる。ざツと檢《あらた》めては線路《せんろ》外《ぐわい》へ投出《なげだ》したが、皆《みな》もう何事《なにごと》にも頓着《とんぢやく》のない、物《もの》に動《どう》ぜぬ、頽然《ぐたり》とした死骸《しがい》で、その轉《ころ》がつてゐた跡《あと》には、地《ち》に吮込《すひこ》まれて血潮《ちしほ》が黑《くろ》く膩《あぶら》ぎつて汚點《しみ》のやうに見《み》える。初《はじ》めは數《かず》を讀《よ》むでゐたが、其中《そのうち》に間違《まちが》へたから、それなりにして了《しま》つた。死骸《しがい》は隨分《ずゐぶん》有《あ》つた、――夜氣《やき》水《みづ》の如《ごと》く、其處《そこ》ら一|面《めん》押《おし》なべて呻聲《うめきごゑ》だらけの、氣味《きみ》の惡《わる》い夜《よる》にしてから、餘《あま》り有《あ》り過《すぎ》る程《ほど》に有《あ》つた。
「何《なん》だあれは?」とドクトルが叫《さけ》んで、誰《だれ》を嚇《おど》す積《つもり》なのか、拳《こぶし》を固《かた》めて揮《ふ》つて示《み》せて、「一寸《ちよツと》――聽《き》いて御覽《ごらん》…」
もう頓《やが》て五ウェルストになる。呻聲《うめきごゑ》は愈々《いよ〳〵》判然《はつきり》と際立《きはだ》つて來《き》て、もう此聲《このこゑ》を出《だ》す引歪《ひきゆが》めた口元《くちもと》も眼《め》に見《み》えるやうな心地《こゝち》がする。薄紅《うすあか》い靄《もや》は此世《このよ》の物《もの》とも覺《おぼ》えぬ怪《あや》しき底光《そこびかり》を含《ふく》んで眼《め》も綾《あや》に迷《まよ》ふ中《なか》へ、私逹《わたしたち》が恐《おそ》る〳〵看入《みい》つた時《とき》、殆《ほとん》ど足元《あしもと》の線路《せんろ》の下《した》で、救《すくひ》を呼《よぶ》ぶが如《ごと》く、泣《な》くが如《ごと》く、高《たか》く呻《うめ》く聲《こゑ》がする。聲《こゑ》の主《ぬし》の負傷者《ふしやうしや》は直《す》ぐ見付《みつ》かつたが、手提《てさげ》の光《かげ》に照《てら》し出《だ》された其面《そのかほ》を見《み》れば、面中《かほぢう》が眼《め》ばかりかと思《おも》はれる程《ほど》大《おほ》きな眼《め》だつた。呻《うめ》き止《や》んで私逹《わたしたち》の面《かほ》や手提《てさげ》を旋次《せんぐり》に看《み》る其《その》眼《め》の中《うち》には、人影《ひとかげ》火影《ほかげ》を認《みと》めて喜《よろこ》んで狂《きやう》せんとする色《いろ》の外《ほか》に、尙《な》ほそれが直《す》ぐ幻《まぼろし》と消《き》えやうかと、畏《おそ》れて狂《きやう》せんとする色《いろ》も動《うご》いてゐた。或《あるひ》は斯《か》う火《ひ》を翳《かざ》して屈《こゞ》み掛《かゝ》つた人《ひと》の姿《すがた》が、血塗《ちみどろ》の夢《ゆめ》の中《うち》にもや〳〵となつた事《こと》が、既《も》う幾度《いくたび》も有《あ》るのかも知《し》れぬ。
尙《な》ほ進《すゝ》まんとして、忽《たちま》ち又《また》二人《ふたり》負傷者《ふしやうしや》に出遭《であ》つた。一人《ひとり》は線路《せんろ》の上《うへ》に倒《たふ》れてゐて、今《いま》一人《ひとり》は溝《みぞ》の中《なか》で呻《うめ》いてゐた。此等《これら》を收容《しうよう》する時《とき》、ドクトルは怒《いかり》に身《み》を戰《わなゝ》かせて、此方《こちら》を向《む》き、
「如何《どう》です?」
といつて面《かほ》を反《そむ》けた。數步《すうほ》すると、向《むか》ふから輕傷者《けいしやうしや》が、片手《かたて》で片手《かたて》を支《さゝ》へて、一人《ひとり》で步《ある》いて來《き》た。仰向《あふむ》いて來《き》て私逹《わたしたち》に衝當《つきあた》りさうだつたから、道《みち》を開《ひら》いて通《とほ》してやつたが、一|向《かう》氣《き》が附《つ》かぬらしい。恐《おそ》らく私逹《わたしたち》の姿《すがた》が眼《め》へ入《はい》らなかつたのであらう。機關車《きくわんしや》の前《まへ》でト立止《たちどま》つて直《す》ぐと身《み》を轉開《かは》して其《その》橫《よこ》へ出《で》て、今度《こんど》は車輛《しやりやう》に沿《つ》いて行《ゆ》く。
「こら、お前《まへ》その汽車《きしや》に乗《の》れ!」とドクトルが呼《よ》び掛《か》けたが、返答《へんたふ》もしなかつた。
此等《これら》を手始《てはじ》めとして、淺《あさ》ましい姿《すがた》が頓《やが》て線路《せんろ》の上《うへ》にも側《そば》にも頻《しきり》に出遭《であ》つて、深々《しん〳〵》と赤《あか》く兵火《へいくわ》の照反《てりかへ》した野《の》は、魂《たましひ》でも入《はい》つたやうに、一|面《めん》にざわつき出《だ》し、大叫喚《だいきうくわん》、號泣《がうきふ》、呪咀《じゆそ》、呻吟《しんぎん》の聲《こゑ》がクワツと起《おこ》る。隆然《むつくり》と高《たか》くなつた黑《くろ》い物《もの》の影《かげ》が蠢《うご》めきのた打廻《うちまは》る所《ところ》を見《み》れば、まだ夢《ゆめ》ながら籠《かご》を出《だ》された蟹《かに》のやうに、手足《てあし》を張《は》つて、可怪《をかし》げな形《かたち》をして、どたりとして動《うご》き得《え》ぬのもあれば、しどろに覺束《おぼつか》なく藻搔《もが》くのもあつて、どれも〳〵人らしくない。或《あるひ》は默《だま》つて言《い》ひなり次第《しだい》になるのもある、或《あるひ》は呻《うめ》き、泣《な》き、惡體《あくたい》吐《つ》いて、この夜《よ》の血羶《ちなまぐさ》く人間《にんげん》の生死《しやうし》に與《あづか》らぬらしい光景《やうす》も、かうした深傷《ふかで》を負《お》うたのも、死駭《しがい》の中《なか》に獨《ひと》り取殘《とりのこ》されてゐるのも、皆《みな》我我《ひと》の所爲《せゐ》でも有《あ》るやうに、救《すく》はうとする我々《われ〳〵》を嫉視《しつし》するのもある。車室《しやしつ》にはもう負傷者《ふしやうしや》の容《い》れ塲《ば》がなく、私逹《わたしたち》の着《き》てゐる服《ふく》までグッチョリ血《ち》に濕《ぬ》れて、宛然《さながら》血雨《けつう》の中《うち》に立盡《たちつく》してゐたやうになつたのに、まだ負傷者《ふしやうしや》を運《はこ》んで來《き》て、蘇《よみがへ》つたやうに見《み》える野《の》は何時《いつ》までも物凄《ものすご》く蠢《うご》めき渡《わた》る。
或者《あるもの》は自分《じぶん》も這《は》ひ寄《よ》り、或者《あるもの》はふら〳〵として倒《こ》けては起上《おきあが》り〳〵來《く》る。中《なか》にも一人《ひとり》殆《ほとん》ど走《はし》つて來《き》たのがあつた。と、見《み》ると、面《かほ》はひしやげて、一《ひと》つ殘《のこ》つた眼《め》ばかりが物凄《ものすご》いすさまじい光《ひかり》を湛《たゞ》へ湯上《ゆあが》りの人《ひと》のやうに、殆《ほとん》ど一|糸《し》をも着《つ》けてゐない。私《わたし》を衝退《つきの》けて、一《ひと》つ眼《め》でドクトルを探《さが》し出《だ》し、呀《あツ》といふ間《ま》に無手《むず》と左手《ゆんで》に胸倉《むなぐら》を取《と》つて、
「うぬ…者面《しやツつら》打曲《はりま》げるぞ!」
と、かう一《ひと》つ喚《わめ》いて置《お》いて、それから小突《こづ》きながら、悠々《ゆツたり》と、其《その》癖《くせ》口汚《くちぎた》なく毒《どく》づく。
「貴樣《きさま》の面《つら》をグワンとやるのだ。このド畜生《ちくしやう》め!」
ドクトルは振放《ふりはな》して、ヤツと立向《たちむか》ひ、息《いき》を塞《つま》らせ〳〵罵《のゝし》つた。
「野郞《やらう》、軍法《ぐんぱふ》會議《くわいぎ》に掛《か》けるぞ! 監倉《かんさう》だぞ! 人《ひと》の職務《しよくむ》の邪魔《じやま》しやがつて… この野郞《やらう》! この畜生《ちくしやう》!」
中《なか》へ入《はい》つて引分《ひきわ》けたが、引分《ひきわ》けられても兵《へい》は尙《な》ほ罵《のゝし》り止《や》まず、久《しば》らくは唯《たゞ》、
「こン畜生《ちくしやう》! 者面《しやツつら》打曲《はりま》げるぞ!」
とばかり。
私《わたし》はもう耐《た》へられなくなつたから、一|服《ぷく》して休《やす》まうと、片脇《かたわき》へ退《の》いた。手首《てくび》の血《のり》はパサ〳〵に乾《かは》いて、黑《くろ》手袋《てぶくろ》を穿《は》めたやうに、指《ゆび》もぎこちなく、マッチやシガレットをつい取落《とりおと》す。斯《やうや》く喫《の》み出《だ》すと、烟草《たばこ》の烟《けむり》も平常《いつも》のやうにもなく變《へん》に見《み》えて、其《その》味《あぢ》も全《まつた》く異《かは》つてゐる。こんな烟草《たばこ》は後《あと》にも前《さき》にも喫《の》んだ事《こと》がない。其《その》時《とき》學生《がくせい》の看護手《かんごしゆ》が側《そば》へ來《き》た。一|緒《しよ》に汽車《きしや》に乗《の》つて來《き》た彼《あの》男《をとこ》だのに、何《なん》だか數年《すねん》前《ぜん》に逢《あ》つた人《ひと》のやうに思《おも》はれて、さて何處《どこ》で逢《あ》つたかゞ憶《おも》ひ出《だ》せない。學生《がくせい》は直《ひた》と踵《かゞと》を地《ち》に着《つ》けて行進《マーチ》の步調《ほてう》で步《ある》いて來《き》たが、私《わたし》の身體《からだ》越《ご》しに何處《どこ》ともなく遠《とほ》くの空《そら》を眺《なが》めて、
「これだのに皆《みんな》寢《ね》てゐるのだ。」
と何《なん》だか落着《おちつき》拂《はら》つてゐる。私《わたし》は自分《じぶん》の事《こと》のやうに憤然《やつき》となつて、
「だつて、君《きみ》、十日《とをか》も獅子《しゝ》のやうに奮鬪《ふんとう》したのだもの、其《その》筈《はず》ぢやないか?」
「これだのに皆《みんな》寢《ね》てゐるのだ。」
と學生《がくせい》は私《わたし》の身體《からだ》越《ご》しに空《そら》を眺《なが》めながら、反覆《くりかへ》していつて、さて私《わたし》の面《かほ》を覗《のぞ》き込《こ》むやうにして、人差指《ひとさしゆび》を鼻《はな》の先《さき》で揮《ふ》り〳〵、矢張《やツぱり》膠《にべ》もなく落着《おちつき》拂《はら》つた調子《てうし》で、
「能《よ》く聽《き》いて置《お》きなさい、能《よ》く。」
「何《なに》を?」
學生《がくせい》は愈々《いよ〳〵》面《かほ》を覗《のぞ》き込《こ》むで、理由《わけ》ありさうに人差指《ひとさしゆび》を揮《ふ》り〳〵、辻褄《つじつま》の合《あ》つた話《はなし》の積《つもり》らしく、矢張《やツぱ》り一《ひと》つ事《こと》をいふ。
「能《よ》く聽《き》いて置《お》きなさい、能《よ》く。皆《みんな》にも然《さ》う言《い》つて貰《もら》ひたいのだ。」
佶《きツ》と私《わたし》を見据《みす》ゑたまゝ、も一|度《ど》人差指《ひとさしゆび》を揮《ふ》つて見《み》せて、ピストルを取出《とりだ》すや、ドンと一|發《ぱつ》我《われ》と我《わが》顳顬《こめかみ》へ擊込《うちこ》んだ。けれども私《わたし》は少《すこ》しも驚《おどろ》かず、平氣《へいき》でシガレットを左《ひだり》の手《て》に持易《もちか》へて、指《ゆび》で其《その》創口《きずぐち》を觸《さは》つて見《み》て、汽車《きしや》の在《あ》る方《はう》へ行つた。
「あの學生《がくせい》はピストルで自殺《やり》ましたぞ。尤《もつと》もまだ息《いき》はあるやうだが…」
と私《わたし》がドクトルにいふと、ドクトルは私《われ》と我《わが》頭《あたま》に武者振《むしやぶ》り附《つ》いて、唸《うな》るやうに、
「馬鹿《ばか》め!… もう汽車《きしや》は一|杯《ぱい》だ。彼處《あすこ》にも今《いま》に自殺《やり》さうなのが一人《ひとり》居《ゐ》るのだ。私《わたし》だつて然《さ》うだ」、と忌々《いま〳〵》しさうに叱《しか》るやうに言《い》つて、「自殺《やり》かねない。全《まつた》く! だから、貴方《あなた》は――步《ある》いて行《い》つて貰《もら》ひませう。もう載《の》せる餘裕《せき》がない。其《それ》が不服《ふゝく》なら、吿發《こくはつ》なさい。」
と喚《わめ》き〳〵餘所《よそ》を向《む》いて了《しま》つた。今《いま》に自殺《やり》さうだといふ男《をとこ》の側《そば》へ行《い》つて見《み》たら、それは看護手《かんごしゆ》で矢張《やツぱり》學生《がくせい》出《で》らしかつた。立《た》ちながら車輛《しやりやう》の羽目《はめ》へ額《ひたへ》を押當《おしあ》てゝ、肩《かた》で浪《なみ》を打《う》たせて泣《な》いてゐる。
「泣《な》くな〳〵」、と私《わたし》は其《その》浪《なみ》を打《う》つ肩《かた》へ手《て》を遣《や》つた。
が、振向《ふりむ》きもせず、返答《へんたふ》もせず、泣《な》いてゐる。看《み》ると、頸窩《ぼんのくぼ》が自殺《じさつ》した學生《がくせい》のそれのやうに若々《わか〳〵》しく、矢張《やツぱ》り無氣味《ぶきび》だ。酔漢《よひどれ》が汚《むさ》い物《もの》でも吐《は》いてるやうに、意久地《いくぢ》なく兩足《りやうあし》を踏擴《ふみはだ》けてゐたが、首筋《くびすぢ》の血《ち》に塗《まみ》れてゐたのは大方《おほかた》手《て》で抑《おさ》へたからだらう。
「泣《な》くなと言《い》へば!」と私《わたし》は癇癪聲《かんしやくごゑ》を振立《ふりた》てた。
と、其《その》看護手《かんごしゆ》は蹌踉《よろ〳〵》と車輛《しやりやう》を離《はな》れて、投首《なげくび》して、老人《らうじん》のやうに背《せ》を圓《まる》くし、私逹《わたしたち》を棄《す》てゝ置《お》いて、何處《どこ》ともなく闇黑《くらやみ》の中《うち》へ行《ゆ》く。何故《なぜ》だか、私《わたし》も其《その》跟《あと》に隨《つ》いて、汽車《きしや》を後《あと》にして、何處《どこ》を目的《めあて》ともなく、久《しば》らく二人《ふたり》で步《ある》いて行《い》つた。看護手《かんごしゆ》は泣《な》いてゐるらしかつたが、私《わたし》も何《なん》だか佗《わび》しくなつて、泣出《なきだ》し度《たい》やうな氣持《きもち》がする。
「一寸《ちよツと》待《ま》て!」と大聲《おほごゑ》に言《い》つて私《わたし》は立止《たちど》まつた。
が、看護手《かんごしゆ》は背《せ》を圓《まる》くして、重《おも》たさうな足取《あしどり》で行《ゆ》く。肩《かた》を窄《すぼ》めて足《あし》を引摺《ひきず》り〳〵行《ゆ》く姿《すがた》は、宛然《さながら》の老人《らうじん》だ。軈《やが》て明《あかる》く見《み》えても照《て》りもせぬ薄紅《うすあか》い靄《もや》の中《うち》に其《その》姿《すがた》は消《き》えて、私《わたし》一人《ひとり》になつて了《しま》つた。
左手《ゆんで》に遠《とほ》く朦朧《もうろう》として一|連《れん》の火影《ほかげ》が流《なが》れるやうに過《す》ぎて行《ゆ》く。汽車《きしや》が戾《もど》つて行《ゆ》くのだ。私《わたし》は死《し》んだ者《もの》死《しに》かゝつた者《もの》の中《なか》に一人《ひとり》取殘《とりのこ》されたのだが、死《し》んだ者《もの》死《しに》かゝつた者《もの》で收容《しうよう》漏《もれ》になつた者《もの》はまだ何位《どのくらゐ》あつたか知《し》れぬ。近《ちか》くは寂然《しん》としてゴソリともいはぬけれど、離《はな》れては野《の》に魂《たましひ》の有《あ》るやうにザワ〳〵と蠢《うご》めく――と、さ、一人《ひとり》だから思《おも》はれたのかも知《し》れぬ。兎《と》も角《かく》も呻吟《しんぎん》の聲《こゑ》は絕《た》えぬ。子供《こども》の泣《な》くやうな、夥多《あまた》の子犬《こいぬ》が棄《す》てられて凍《こゞ》え死《し》なむとして啼《な》くやうな、繊細《かぼそ》い、便《たよ》りない聲《こゑ》で地上《ちじやう》一|面《めん》に擴《ひろ》がつて、之《これ》を聽《き》いて居《ゐ》ると、銳《するど》い〳〵際限《はてし》もない氷《こほり》の針《はり》を惱《なう》に突徹《つきとほ》されて、そろり〳〵と拔差《ぬきさし》されるやうな氣持《きもち》がして…。
(斷篇第六)